松浦平六家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
K0009
資料群名
松浦平六家文書
地域(近世,行政村,現在)
大野郡皿谷村,芦見村皿谷,福井市皿谷町(美山町)
資料の年代
1598年(慶長3)~1884年(明治17)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
皿谷村は芦見谷の最奥にあり、村高は217石余、はじめ福井藩領、1624年(寛永1)以降大野藩領となった。
当家は代々平六を名乗り、皿谷村の庄屋を務めるともに、芦見谷7か村の組頭的地位にあった。1874年(明治7)戸長を務めた。
資料群の概要
1598年(慶長3)の太閤検地帳写をはじめとして、一紙文書を中心に約300点が撮影されている。資料群は(1)村方文書(2)芦見谷の組頭文書、(3)撮影点数の6割を占める当家の私家文書から構成される。
(1)皿谷村の村方文書としては、襖の下張りに使用されていたため残った17世紀の一紙文書を含み、1629・30年(寛永6・7)の年貢皆済目録は、大野藩領で現在知られている最も古いものである。年貢関係の長帳類は幕末期の数点のみである。
(2)でも比較的古い証文・請書類を含み、1645年(正保2)には芦見谷の一村所谷村で庄屋役をめぐる出入りがあり、4人の百姓が1年交代で庄屋を務めることを谷中庄屋衆・平六に約束していた。
土井氏が大野に入った翌年の1683年(天和3)には、同じ大野藩領の大久保村までの年貢米の搬送が谷として請け合われており、84年の盗伐取締の村極も、平六に差し出す形式で記されている。
ほかに1688年(元禄1)物成米極算用帳、芦見谷入り口の獺ケ口村道作人足帳が含まれる。また大野藩役人からの達書、書状類も多い。
(3)尾根を越えた鹿谷の本郷村・西俣村にあわせて100石を越える越石をもっており、年貢銀請取通など関連の文書が含まれる。ほかに1680年(延宝8)「妙定死行之万之帳」をはじめとする香典帳、書状が多い。

否撮資料は約400点。このうち冊子・長帳類は約80冊で、1821年(文政4)から1920年(大正9)までの小作取立帳30冊が含まれる。襖の下張りとなっていたため断簡も少なくない。
一紙類約320点で書状が4分の3を占める。ほかは大野藩役人からの達書、金銀貸借覚、年貢勘定覚などである。このほかに江戸時代から明治期までの古典籍・教科書類70冊が残されている。
利用条件
 
県史収載
資料編7 P.922-930 11点、通史編3 P.286・P.290・P.312-313・P.322、通史編4 P.393
県史以外の収載
 
複製本番号
K0027~K0039
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。