石倉惣右衛門家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
J0501
資料群名
石倉惣右衛門家文書
地域(近世,行政村,現在)
大野郡堀名中清水村,荒土村堀名中清水,勝山市荒土町堀名中清水
資料の年代
1659年(万治2)~1868年(明治1)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
堀名中清水村は水無山南麓に位置し、はじめ福井藩領、1624年(寛永1)勝山藩領、44年(正保1)幕府領福井藩預所、86年(貞享3)以降幕府直轄領となった。村高は正保郷帳では堀名中清水村で576石2斗5升6合とみえるが、元禄郷帳では堀明村393石1斗9合と中清水村183石183石1斗4升7合に分かれ、天保郷帳では堀名中清水村だけで578石2斗4升7合とみえる。村役人は元禄以後幕末まで両村におかれたようである。
石倉家は代々惣右衛門(宗右衛門)を名乗り、幕末の一時期に堀名分の惣代・庄屋を務めたほか、堀名銀山の出入方・世話方を務めた。
資料群の概要
54点の撮影文書はすべて近世文書で、銀山関係の文書のほかは売券・借用証文である。
堀名銀山は1859年(安政6)から66年(慶応2)まで稼業した銀山で61年(文久1)には127貫の銀を産出した。本保役所を通じて飛騨の高山銀絞吹所の管轄下に置かれたが、銀絞吹所取締役が赴くことはなく、代人が現地での稼業を担当し、石倉家の惣右衛門らが銀山の世話方をしていた。隆盛に向かいつつあった頃には鉱夫が出羽国・但馬国などからも来ていることを示すものがある。
否撮カードはない。
利用条件
 
県史収載
資料編7 P.517-520 5点、通史編4 P.331
県史以外の収載
小葉田淳『日本鉱山史の研究』
複製本番号
J1468
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。