島田喜兵衛家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
J0034
資料群名
島田喜兵衛家文書
地域(近世,行政村,現在)
大野郡妙金島村,荒土村妙金島,勝山市荒土町妙金島
資料の年代
1633年(寛永10)~1871年(明治4)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
妙金島村は皿川と九頭竜川の合流点近くに位置する。はじめ福井藩領、1624年(寛永1)大野藩領を経て、82年(天和2)、土井氏の大野入封を期に幕府領となった(途中幕府領福井藩預り地となったこともある)。正保郷帳による村高は、向妙金島村とあわせて196石余、のち新田を加えて元禄郷帳では237石余となっているが、洪水による川欠となる場合が非常に多かった。
当家は隣村保田村地籍内に新田を有し、九頭竜川支流志田川に鮎漁の権利を持っていた。このこともあって保田村と争論が絶えず、訴状によれば、讒言によって当主が篭舎を申しつけられたり、自害に及んだこともあったという。なお当家は喜兵衛を名乗り、村役人を務めた。
資料群の概要
250点の撮影文書は(1)年貢関係、(2)村関係、(3)争論、(4)普請、(5)売券・借用証文、(6)その他、に大別される。
(1)は約100点におよぶ年貢免状・皆済目録、西俣村からの年貢通など。
(2)では庄屋役に関し、複数の庄屋を立てようとする有力農民と反対する小前百姓の対立が見られる。また、5年間の庄屋順をくじ引きで決める旨の文書もある。
(3)は、前述したように九頭竜川がしばしば洪水のために流路をかえるため、保田村と新田をめぐる争いが見られるのをはじめ、洪水後の流木拾いでも争いが起こったこと、檜曽谷村・志比原村と用水をめぐる争いが起こったことを示すものがある。
(4)は洪水による用水・堤の普請仰付願などである。
(6)では、鮎漁に関わり、うるか(塩辛)の注文書がある。これは4合入りの桶で金1分とかなり高価な食品だと思われる。
否撮資料は41点と断簡3袋。ほとんどが川除普請出来形帳である。近代文書では副戸長からの廻状、松田小学校入札関係、費用受取覚など。
利用条件
 
県史収載
資料編7 P.584-P.598 17点、通史編3 P.175・P.182、通史編4 P.518
県史以外の収載
『勝山市史』
複製本番号
J0574~J0578
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。