斎藤甚右衛門家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
J0028
資料群名
斎藤甚右衛門家文書
地域(近世,行政村,現在)
大野郡河合村,北谷村河合,勝山市北谷町河合
資料の年代
1591年(天正19)~1904年(明治37)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
河合村は滝波川とその支流奥河内川との合流点に位置し、古くからそれぞれの谷筋を通り小原峠・谷峠を経て加賀に至る交通の要地であった。また木根橋・小原・谷・中野俣・杉山・横倉村とともに中世から「七山家」と呼ばれ、これらの村々は1574年(天正2)の越前一向一揆において平泉寺攻略に重要な役割を果たしたと伝えられる(「朝倉始末記」)。1600年(慶長5)から福井藩領、24年(寛永1)勝山藩領、44年(正保1)幕府領福井藩預所、86年(貞享3)幕府領、92年(元禄5)から美濃国郡上藩領となる。村高は1598年(慶長3)の検地帳では36石5斗9升(名請人7名)であったが、1604年の免状では47石9升となり、以後変わらなかった。
斎藤家は代々甚右衛門を名乗り、庄屋等の村役人を務めた。
資料群の概要
法令・貢租・村方関係の資料を豊富に残しており、なかでも福井藩初期の貢租にかかわる資料が注目される。1598年(慶長3)の検地帳は2冊伝わっており、個々の分米の値にわずかな差異が認められるが、これは検地帳作成時には定められていなかった個々の筆の分米を後に計算した際の差異と考えられる。年貢免状や皆済目録は、越前では数少ない近世初期のものである。このほか山手割、むつし売券、郡上領四か村諸役免除願など山村の資料として貴重なものがある。
なお、1904年(明治37)「福井県実業家案内すご録」は福井の新聞『北陸朝報』の正月号付録であり、カラーで福井市98軒、敦賀港21軒、鯖江町15軒、武生町13軒、勝山町4軒、金津町1軒、丸岡町1軒の銀行、会社、商店などが掲載してある。
また、同家所蔵文書398点は、民具とともに勝山市指定文化財になっている。
否撮カードが明治初期の資料を中心に125枚あり、再調査が必要と思われる。
利用条件
 
県史収載
資料編7 P.559-P.574、通史編4 P.393・P.500
県史以外の収載
『勝山市史』、本川幹男「福井藩初期の徴租について」『福井県地域史研究』9
複製本番号
J0509~J0523
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。