原藤右衛門家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
J0023
資料群名
原藤右衛門家文書
地域(近世,行政村,現在)
大野郡平泉寺村,大野郡平泉寺村,勝山市平泉寺町平泉寺
資料の年代
1676年(延宝4)~1904年(明治37)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
平泉寺村は九頭竜川中流右岸に位置する。白山三馬場の1つ平泉寺の所在地。はじめ福井藩領、1624年(寛永1)勝山藩領、44年(正保1)幕府領福井藩預り、86年(貞享3)幕府領直轄地、91年(元禄4)からは再び勝山藩領。村高は「正保郷帳」で2573石余、「元禄郷帳」で2874石余、「天保郷帳」で2903石余。
原家の先祖は美濃国桔梗原の住人原左近であるという。桔梗原は平泉寺の学頭顕海が1574年(天正2)以来9年間隠れ住んだところと伝える。顕海は83年(天正11)専海・日海および原藤右衛門を伴い平泉寺に帰ってきた。やがて原家は平泉寺朱印地200石等の門前庄屋となり、これを世襲した。同家は村人から「坊」とよばれ、明治以降白山神社の財産を管理に関わり、現在も責任役員の1人である。
資料群の概要
撮影資料は江戸期から明治期にかけての文書104点で、(1)村関係、(2)借用証文類、(3)戸口関係、(4)葬儀・婚礼関係、(5)その他に大別できる。
(1)は用水出入取噯記や願書類。
(2)は否撮資料も合わせると1681年(延宝9)から明治期まで約50点存在する。
(3)は宗門人別帳や村送り状。1864年(文久4)の「御門前宗門人別御改下帳」からは、門前は江戸初期は約20軒であったのが次第に増加し、幕末文久4年には117軒にもなっていることがわかる。
(4)は香典帳や祝儀帳。
(5)は明治期の通達類など。
否撮カードは明治期の借用証文、土地売券、通達、昭和期の経済更正計画書など52枚。
利用条件
 
県史収載
通史編3 P.763
県史以外の収載
『勝山市史』
複製本番号
J0320~J0325
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。