西応寺文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
I0112
資料群名
西応寺文書
地域(近世,行政村,現在)
大野郡今井村,上庄村今井,大野市今井
資料の年代
1672年(寛文12)~1867年(慶応3)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
今井村は大野盆地の南端、真名川左岸に位置する。1598年(慶長3)の太閤検地帳の村高は481石1斗であったが、1673年(寛文13)の福井藩の新田検地で57石4斗余増加した。24年(寛永1)福井藩領から木本藩領となり、その後35年幕府領福井藩預り、37年福井藩領、86年(貞享3)幕府領、1720年(享保5)鯖江藩領、1862年(文久2)幕府領と変遷している。
西応寺は山号は潅頂山。浄土真宗仏光寺派。中世には天台宗三千坊の内と伝えられる。初め専西寺と称し、高田系の「佐塚ノ専性」の系統を引く人物によって創建されたともいうが、詳細は不明。1585年(天正13)の『専西寺門徒惣代等』に惣代今井道場と見えている。1635年(寛永12)と63年(寛文3)の高田派伊勢・越前両専修寺の本寺争いで、再度にわたって越前側が敗訴すると、越前専修寺の末寺門徒は、東本願寺派や浄土宗のほか、仏光寺派へも改派改宗した。越前専修寺を支える大坊四寺の一寺であった当寺も72年ごろ西応寺と改号して仏光寺派となった。
資料群の概要
撮影資料49点は当寺が高田派から仏光寺派に転派した関連文書の他、本山との関係文書、また、檀家との貸借関係の文書が大半である。
否撮カードは1664年(寛文4)からの過去帳1枚のみ。
利用条件
 
県史収載
 
県史以外の収載
『大野市史』
複製本番号
I1056
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。