最勝寺文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
I0082
資料群名
最勝寺文書
地域(近世,行政村,現在)
大野郡大野城下大鋸町,大野西四番町,大野市明倫町
資料の年代
1572年(元亀3)~1890年(明治23)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
田野山最勝寺は真宗大谷派の寺院。寺伝では開基を専順といい、三河和田門徒の佐塚専性の法流で、文明年間(1469-87)に富田荘田野に一寺を建立し、第五世専賢の代に現在地に移転したという。専賢の晩年に生まれた二人の子のうち、専勝は上据最勝寺(西派)へ、専常は郡上八幡最勝寺(西派)へ、それぞれ分立したという。
江戸時代、穴馬門徒の触頭をつとめた。
資料群の概要
中世文書は、朝倉景鏡奉行人連署書状をはじめとして本願寺教如消息、信長政権下に大野を支配した青木一矩や織田秀雄の寺領安堵状などである。
近世文書は、松平直政・直基・直良の地子諸役免許状、院家昇進関係、由緒書、年中行事、歴代住職関係、穴間道場の木仏尊像や当寺絵像の裏書などである。
明治期の資料は、当寺が預かっていた穴馬谷の直参道場を「説教所」と呼ぶことに関する「道場顛末記」や大野郡の東派寺院の明細記、郡内寺院の大野組・勝山組への分組願、当寺あての本願寺門主からの御書の写である。
否撮資料は、1886年(明治19)の道場説教場報告書控である。
利用条件
 
県史収載
資料編7 P.157-159 8点、通史編2 P.733・P.772・P.1010、通史編3 P.22・P.79・P.672
県史以外の収載
『大野市史』
複製本番号
I0804~I0805
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。