小椋幸男家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
I0081
資料群名
小椋幸男家文書
地域(近世,行政村,現在)
大野郡小沢村,西谷村小沢,大野市小沢(廃村)
資料の年代
935年(承平5)~1872年(明治5)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
小椋家の先祖は轆轤を用いて盆・椀などの木製品を作る木地師であったが、明治期に廃業し、真名川上流で岐阜県との県境にある小沢村から現在地に定着したという。
資料群の概要
中世末から近世初期にかけて、諸国の木地師は文徳天皇皇子惟喬親王を業祖神として、彼らを近江国愛智郡小椋荘の蛭谷筒井公文所か君ヶ畑高松御所の影響下に置こうとする動きが起こった。当家資料のうち中世文書は蛭谷筒井公文所から与えられたもので、いずれも木地師の営業を保証するために作り出された文書で、疑わしいものが多い。しかし、たとえば1587年(天正15)「(増田長盛安堵状写)」は、筒井公文所に伝えられた越前関係文書の写しで、南条郡大河内区有文書にも同様のものがあり、木地師の活動を知るうえでは重要な資料といえる。
木地師関係の近世文書は資料編に掲載された筒井公文所発行の往来手形・宗門手形のみで、木地の生産・流通などに関する資料はなく、他には、1868年(慶応4)の太政官布告写しが伝わるのみである。
唯一の近代資料である資料編掲載の1872年(明治5)「(氏子札)」5枚では、木地師家族が出生国を異にしていることが注目され、幕末までいわゆる遍歴稼業を続けていたことがうかがわれる。
否撮資料はないが、轆轤1台(60cm位)と錆びたのみ1本と記載したカードがある。
利用条件
 
県史収載
資料編7 P.102-106 7点、通史編4 P.383
県史以外の収載
 
複製本番号
I0508
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。