武田知道家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
I0070
資料群名
武田知道家文書
地域(近世,行政村,現在)
大野郡大野城下,大野町水落,大野市泉町
資料の年代
1682年(天和2)~1910年(明治43)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
武田家は大野藩士で、半左衛門と称することが多かった。初代勝吉の姉が土井利勝の側室になったことで兄中村道時と共に召し抱えられ、利勝の三男利房分知の折、家臣に加えられた。これ以降、当家は代々取次・用人などを歴任したが、最も昇進したのは5代勝威(かつてる)で、1793年(寛政5)-96年に家老を務め知行300石となった。
8代勝吉は1868年(慶応4)知行200石、取次であった。その異母弟雅之進は中村家の養子となって重助を名乗り、家老となって函館戦争にも参加している。
資料群の概要
当家の近世文書は(1)藩政関係、(2)軍役・武術、(3)由緒・系図、(4)著述類、(5)その他に分けられる。
(1)では県史収載の大野藩条目の他、重臣から藩主あての上申書、藩主から重臣あての命令書や書状などがある。上申書の相手や命令書・書状の差出人の多くは土井利貞のもので、藩士の役職、相続(実子を嫡子としたが早世したため養子(利義)を迎えることになったこと)、武芸の奨励など内容は多岐にわたっている。また、幕府からの触書や代々の当主の用留類、財政面では倹約に関する達、蔵米渡方覚(21通)、物成通(1858年(安政5)-70年(明治3)のうち7通)などがある。
(2)は演習に際しての狼煙や太鼓の合図、馬術・砲術関係のものである。
(3)は当家の家譜、系図(11代松次郎=当主の父が作成、軸装したもの)のほか、中村家の系図、さらには土井家、他の藩士の由緒書(一部)もある。
(4)には水戸浪士の大野通行に関する「武田耕雲斎一件」や1783年(天明3)の浅間山噴火に関する書留などがある。
(5)には大野藩領上黒谷村の高覚帳、庭帳、米・銀の借用状がある。
近代文書は土井利恒の書状、土井利剛からの返答書(旧藩士からの大野移住勧奨に対し、遠慮したいという内容)、手習いの教本「地方往来」「女手ならい状」などがある。
所蔵文書約280点のうち否撮資料は約20点である。内訳は、葬儀に関する買い物帳、焼香順、葬儀の出席者名列、由緒書や家譜の断簡、生麦事件聞書、日本全図(1879年(明治12))など。
利用条件
 
県史収載
資料編7 P.224-254 5点、通史編3 P.186・P.277・P.492・P.516、通史編4 P.100・P.110・P.691・P.814・P.878・P.879
県史以外の収載
『大野市史』『西谷村誌』
複製本番号
I0509~I0535
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。