経岩治郎兵衛家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
I0059
資料群名
経岩治郎兵衛家文書
地域(近世,行政村,現在)
大野郡橋爪村,阪谷村橋爪,大野市橋爪
資料の年代
1598年(慶長3)~1946年(昭和21)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
橋爪村は経ケ岳東端麓、唐谷川と湯の谷川にはさまれた台地上に位置する。はじめ福井藩領、1624年(寛永1)木本藩領、35年福井藩預所、37年福井藩領、86年(貞享3)幕府領、91年(元禄4)勝山藩領となる。村高は277石余。1759年(宝暦9)の高持38・水呑6である。
当家は、治郎兵衛を称し、庄屋など村役人を務めた。1781年(天明1)の持高は18石余。1838年(天保9)、一代限りの脇差を許された。
資料群の概要
近世資料は、(1)土地、(2)貢租、(3)山論、(4)水論、(5)村方関係、(6)売券・借用証文、などに分けられる。(1)には、太閤検地帳をはじめとして反別帳・高改帳、替地証文などがある。(2)には、1656年(明暦2)の福井藩時代の皆済状から幕府領・勝山藩領時代にかけての割付状・勘定目録があり、年貢取立の変遷がうかがえる。
(4)の山論には、1672年(寛文12)の橋爪・蓑道村立合山をめぐる花房村などとの出入、1705年(宝永2)のくずば野田地・立木をめぐる蓑道村との出入、08年の弥四郎谷をめぐる御領村との出入、14年(正徳4)の橋爪・蓑道村立合山をめぐる金山村との出入、60年(宝暦10)の橋爪村持ち山をめぐる蓑道村との出入、1852年(嘉永5)の弥四郎谷請山とその続山をめぐる御領村との出入などがある。このうち御領村との出入は江戸公訴となり、これに関する諸資料が残されている。
その他として、大納金山、道場関係、水戸浪士関係資料がある。
明治期の資料に質地証文や領収書が、昭和期の資料に農地改革における当家の対応が記されたものがある。
否撮資料は、年貢請取通・上納覚帳・割帳、人足帳、大福帳、万覚帳、講関係、神社普請関係などの長帳類である。
利用条件
 
県史収載
資料編7 P.112-120 9点、通史編3 P.228・P.385・P.777、通史編4 P.490・P.520
県史以外の収載
『大野市史』
複製本番号
I0467~I0482
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。