専福寺(友兼)文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
I0046
資料群名
専福寺(友兼)文書
地域(近世,行政村,現在)
大野郡友兼村,上庄村友兼,大野市友兼
資料の年代
1575年(天正3)~1936年(昭和11)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
高□山専福寺は浄土真宗高田派の寺院。寺伝では、当初は天台宗平泉寺の末寺で専西寺と称したが、三河和田門徒の佐塚専性の来住を機に高田派に転じ専福寺と号したといい、1468年(応仁2)現在地に移転したと伝える。
当寺のある友兼村は、はじめ福井藩領、1624年(寛永1)木本藩領、その後幕府領、福井藩領を経て再び幕府領となる。
資料群の概要
中世文書は、信長以降大野郡を支配した金森長近・青木一矩・織田秀雄の屋敷免除状や安堵状などである。
近世に入ってからのものには木本藩主松平直良の掟書がある。寺関係のものとして系図・由緒類、用留、寺格昇進関係、キリシタン禁令の書留などがある。このほか、上・下笹又村の山出入済口証文がある。
明治期の資料に、廃仏毀釈に対応して引き起こされた宗教騒動に関するものがある。これは、当寺の17世顕順が騒動の際民衆を扇動したとして処刑された一件を記録したものである。なお、顕順は1889年(明治22)大赦を受けた。1936年(昭和11)境内の欅が天然記念物に指定された際の資料がある。
利用条件
 
県史収載
資料編7 P.220-221 5点、通史編2 P.1001・P.1011、通史編3 P.28・P.79・P.627、通史編4 P.190、通史編5 P.40
県史以外の収載
『越前若狭古文書選』 『大野市史』
複製本番号
I0257~I0259
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。