内山良治家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
I0035
資料群名
内山良治家文書
地域(近世,行政村,現在)
大野郡大野城下,大野町,大野市城町
資料の年代
1616年(元和2)~1921年(大正10)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
内山家は大野藩士で、幕末の藩政改革に尽力した内山良休(七郎右衛門)・隆佐兄弟を出した家として知られる。家老岡家の分家で、岡源太夫良方の次男内山儀右衛門良雄が1710年(宝永7)に新知100石を賜って独立し、良休は5代目にあたる。
良休は20歳の1825年(文政8)に大小姓に召し出され、38年(天保9)に家督を相続した(80石)。翌39年に銅山用掛頭取となり、42年には弟隆佐も作事奉行となったのを契機に家老中村重助の下で頭角を現し、藩主土井利忠(柳涯)の信任を得て藩政改革の中心となった。とりわけ藩営商店「大野屋」の開設に見られるように殖産興業面での成果が顕著である。62年(文久1)、藩主が利恒に代わってもその信任篤く、同年には石高200石、67年(慶応3)には300石と加増されている。70年(明治3)に隠居した後も土井家家令となり、家令退任後も大野屋の経営、貸金業「良休社」の結成にあたった。81年死去。良休社と大野屋は99年大七銀行に発展した。弟隆佐も蝦夷地の「開拓」に尽力した。
資料群の概要
当家の撮影文書は約1300点であるが、半数近くは書状・書簡類で、300点余りは幕末-明治期の借用証文類である。書状・書簡類は大半が良休あてで、弟隆佐・養子艮次郎あてのものもある。良休あてのものには藩主よりの慰撫状の他、緒方洪庵との交流を示す書状、幕末の社会情勢がよく分かる弟隆佐からの書状、1873年(明治6)の一揆で同家が襲撃をうけたことへの見舞状、鉄道敷設に関するものなど多岐にわたっている。
この他、藩政改革関連では藩主の申渡書、良休の提言書、大野屋関係の史料なども多く残されている。
さらには、松平慶永より拝領した『宝華巻』や、土井家や井伊家の大名などの書状綴である「貴威恩人手蹟」、永平寺関係の書を軸装した「傘松庵書状」などもみられる。
否撮資料は土地台帳(大坂屋関係)・柳廼社関係書類・教育関係の雑誌・書籍類(西遊記・難太平記・学問ノススメ等)などである。
利用条件
 
県史収載
資料編7 P.24-56 32点、通史編3 P.711、通史編4 P.4・P.5・P.635・P.636・P.643・P.718・P.719・P.721・P.722・P.813・P.820・P.822・P.824・P.825・P.827-830・P.832・P.833・P.836・P.838・P.840・P.843・P.844・P.848・P.853・P.855・P.856・P.858・P.859・P.870・P.871・P.876・P.880・P.892、通史編5 P.246・P.582
県史以外の収載
『大野市史』
複製本番号
I0272~I0330、I1543
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。