宮澤秀和家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
I0005
資料群名
宮澤秀和家文書
地域(近世,行政村,現在)
大野郡大野城下横町,大野町,大野市日吉町
資料の年代
1683年(天和3)~1929年(昭和4)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
当家は屋号を沢屋、代々由左衛門、与三右衛門を名乗った大野町の商家で、「宮沢家累代之記録」によると初代は1698年(元禄11)に大野城下横町に移り住んだという。金融や諸商いにより財をなし、安永期には面谷銅山の元締の一人となった(「累代之記録」)。庄屋・町年寄を務め、大野藩の御用達、札場元締役にも任ぜられたことがある。
資料群の概要
調査点数は約1500点にのぼり、大半が18世紀以降の(1)町方文書、(2)私家文書である。
(1)町政関係では、1764年(明和1)から81年(安永10)までの「御用記」(町奉行など支配者側による記録と考えられる)、 92年(寛政4)町奉行用留、96年(寛政8)からの宮澤氏の町方用留、1819年(文政2)御用達商人仲間用留、御触留、諸願書留などの冊子が20点ほどまとまって残されている。これ以外では大野藩への調達金や札場(札所)貸付金に関する文書、巡見使、用水、救恤、祭礼関係文書などが含まれる。
1683年(天和3)大野町惣高書上では、その引高から町年寄が執務した町蔵屋敷や時鐘屋敷の存在が確認できる。また1798年(寛政10)に家の建替えでは板屋根葺とすることを命じた触書、同年の曲馬興行に関わる一札、幕末の水戸浪士通行への対応なども知ることができる。
明治期にはいっては、1872年(明治5)「田畑反別調帳」、91年(明治24)「大野郡印紙売捌人名簿」、同年「大井用水組合旧規約書類」、06年(明治39)「大野郡大野町条例及諸規則」などがある。
(2)では経営関連の帳簿類はほとんどないが、銅山・酒造・煙草・菜種・茶などの取引に関する文書、調達講などの講関係文書が多く残されている。「(年中作業書上)」には、年間の帳簿の整理、田畑・家屋敷の管理、使用人の休日等が書き上げられている。数点の文書に登場する手代円蔵については、中据村の安川与左衛門家参照。
借用証文類約660点では、町内や大野藩士のほか、中村、下据村など近隣農村からのものが多く、とくに18世紀なかば以降の菖蒲池村からのものが約200点あり、田地の集積と地主経営の一端をうかがうことができる。
書状は約370点にのぼり、大野藩主や内山隆佐など家臣のもの、福井・三国・小浜など各地の商人のものなど多方面にのぼり、なかでも調達金や野尻銅山の技術指導で親交のあった小浜の豪商古河嘉太夫、丹生郡本保村の河野次郎右衛門からのものが多い。
また、1835年(天保6)から1859年(安政6)にかけての善光寺・日光参詣、伊勢参宮、白山湯治、小浜出張などの旅行記8点が含まれる。
否撮カードは約50点で弄水閣旅中之詠筆、手習手本、伊勢暦、明治期以降の大野町丈量帳・野取帳、租税諸民費請取通などである。
利用条件
 
県史収載
資料編7 P.432-448 15点、通史編3 P.502・P.505・P.513・P.516・P.527・P.783、通史編4 P.103・P.109・P.339・P.506・P.556・P.826・P.880・P.895・P.920・P.823・P.825
県史以外の収載
『大野市史』
複製本番号
I0001~I0008、I0830~I0877
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。