堀田五左衛門家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
H0049
資料群名
堀田五左衛門家文書
地域(近世,行政村,現在)
南条郡大桐村,鹿蒜村大桐,南越前町大桐(今庄町)
資料の年代
1611年(慶長16)~1876年(明治9)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
大桐村は、鹿蒜川上流の山村で、ここから西へ山中峠を越えて比田浦(敦賀市)に通じている。かつては山中村とあわせて一村だったらしく、1598年(慶長3)の検地帳は「大切山中村」として84石余を高付けしている(前川三左衛門家保管文書)。江戸時代に入ると福井藩領となり、1700年(元禄13)の郷帳では大桐村と山中村とに分けて記載され(当村高は55石余)、この頃までに分村したと考えられる。なお、下流の新道村に1611年(慶長16)で47石余、後には67石余の出作地があった。
堀田家は、大桐村の庄屋を務めた。
資料群の概要
撮影資料の大半は、近世の村方文書であり、このうち(1)法令、(2)土地・貢租、(3)山論が特徴的である。
(1)では、寛文期(1661-73)の法令が多く、この時期に整備されつつあった福井藩前期の村方支配の一端をうかがうことができる。不審な者を村々に居留させないこと、福井藩のみならず諸大名の藩士にまで通行に無礼があってはならないこと、年貢皆納以前に借銀してはならないこと、期限どおりの納入、代官・下代へ賄賂がましきことをしてはならないことなどが、あいついで厳しく申し渡されている。
また、1668年(寛文8)に藩領全域にわたって命じられた割地の厳守事項を定めた「割地ニ付納所定書」も含まれる。
(2)では、大桐村が近世初期に独立村としての地位を確立しようとした時期の資料として、下流の新道村の出作地の年貢上納について定めた1611年(慶長16)の取替証文、および35年(寛永12)「大桐村高引わけ願」がある。土地関係では、1765年(明和2)「持高覚之帳」などがあるが、検地帳・内検帳などは、前川三左衛門家保管文書を参照されたい。
(3)1613年(慶長18)以降、繰り返し争われている隣村の比田浦との山論関係文書は、焼畑による惣山の荒廃をめぐる争論である。あわせて早くから染め物用の灰も生産していた。75年(延宝3)には、新道村・山中村とも争論となり、77年にはそれまで許されてきた福井藩の鷹山内での焼畑が禁止されたため、従来どおりの許可を嘆願している。
否撮カードは、36点ですべて売券である。なお、これ以外に『福井県古文書所在調査報告書』には1876年(明治9)「地租改正地券測量人日記帳」、同年「万事記録簿」、94年「北陸鉄道第11工区工事出来形御認簿」などの近代資料が記載されている。
利用条件
 
県史収載
資料編6 P.798-810 12点、通史編3 P.145・ P.146・ P.264・ P.349・ P.387・ P.393・ P.409
県史以外の収載
『福井県古文書所在調査報告書』『今庄町古文書目録』
複製本番号
H0330~H0333
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。