赤萩区有文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
H0030
資料群名
赤萩区有文書
地域(近世,行政村,現在)
南条郡赤萩村,河野村赤萩,南越前町赤萩(河野村)
資料の年代
1320年(元応2)~1929年(昭和4)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
赤萩村は河野浦より約2キロ東の谷間に入った山間の小村で、はじめ大谷吉継の支配をうけ、のち福井藩領。村高は田方11石余、畑方10石余の計21石余。家数は1822年(文政5)48、うち高持10・雑家38、62年(文久2)38。
資料群の概要
約90点の撮影資料は中世・近代資料各2点をのぞき、すべて近世資料である。中世資料2点は、後述の河野村との山論に関わるもので資料編はともに「研究ノ要アリ」としている。近世資料は1664年(寛文4)「乍恐書付ヲ以言上(舟寄山論争ニ付言上書)」以降、村方・土地・貢租・救恤・戸口・山方などにかかわる資料である。とくに、当村は山間の小村であることから、隣村河野浦の舟寄山などを請山して炭を焼いており、その所有権をめぐって、古く(弘治2)から山論が続いていたとされ、近世資料の過半もこれに関するものである。このほか、炭焼き・紙漉・石灰焼き・葛根堀りなどに関する資料が多く、田畑が少ないため耕作以外に生活の糧を求めていたことがうかがえる。また、1837年(天保8)「御神木頂戴帳(大凶作ニ付)」のように、飢饉にあたって氏神の御神木を売り払って諸経費にあて渇命を凌いだ記録も残されている。
近代資料は1881年(明治14)「南条郡赤萩村会則」と1924-29(大正13-昭和4)「記録簿(区集会記録)」のみ撮影されている。
否撮文書は売券など近世文書が約50点、丈量野取帳、地籍図など地租改正関係資料を中心に近代資料が約220点。
利用条件
 
県史収載
資料編6 P.827-835 9点、通史編4 P.364
県史以外の収載
『河野村誌』『南条郡古文書目録』
複製本番号
H0185~H0188
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。