岩本区有文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
G0504
資料群名
岩本区有文書
地域(近世,行政村,現在)
今立郡岩本村,岡本村岩本,越前市岩本町(今立町)
資料の年代
1583年(天正11)~1945年(昭和20)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
岩本村は、鞍谷川中流域に位置する。越前和紙で有名な五箇(大滝・新在家・不老・定友)の一村で、今なおその伝統は引き継がれている。村高は265石余、江戸時代を通じて福井藩領である。1838年(天保9)の五箇の漉屋数は、大滝村59、岩本村2、不老村23、新在家村16、定友村22の合わせて122軒である。年貢率は岩本村の7つ5歩を頂点に、大滝村6つ7歩、新在家村・定友村ともに6つ1歩、不老村5つ2歩5厘と高かった。当村では長期間同一人物が庄屋を務めていたが、中期頃から、投票で決定するようになり、一時期は任務に堪えられる家が激減したようで三人が輪番で務めている時期もあった。
当村には、1699年(元禄12)に福井藩によって紙会所がおかれ、4年後には村内の内田吉左衛門・野辺小左衛門を含めた四人が判元をつとめていた。村内でもこの2家と小林家は別格の扱いを受けている。
資料群の概要
江戸時代以前の文書は3点あり、羽柴秀吉禁制と1598年(慶長3)の太閤検地帳、それに関連した村切りに関するものである。
江戸時代の文書は(1)法令、(2)村政一般、(3)貢租、(4)用水、(5)紙業 等に大別される。
(1)は幕府及び藩の出したものである。内容は、鷹場、倹約、徒党・一揆の禁止、改鋳した金銀の流通に関するものなどで、江戸時代前半に集中している。村法では1668年(寛文8)のものがある。
(2)は寄合記録(1813(文化10)-34(天保5))や普請のための伐採願、宗門改め、借用証文や売券の他、五人組の組替えの際帳落ちにされそうになった者の詫状が多数残されている。
(3)では、紙業の不振に伴って、18世紀中頃から拝借銀の返済猶予願や、社倉銀の借用願が増加している。寅年(1782=天明2と推定)の願書には、高260余石のうち、「百石余村惣支配ニ」なり、それを訴えたところ、「下タ地九つ余の御免七つ五歩」に下げられたが、「六つ五つにも御引下ケ不被成下候ては難取続体」になっている、とある。
(4)は、岡本用水に関するものである。同用水は五箇村に加え粟田部村の計六か村が利用していたが、上流の大滝・岩本・不老と下流の定友・新在家・粟田部はしばしば取水をめぐる争いを起こしている。1741年(寛保1)には粟田部村が用水堰の胴木下部に穴をあけたとして詫状を出し、73年(安永2)には堰の上の石板を取り外したとして糾明願が出されている。
(5)には「岩本村紙会所定書写并月成蝋燭鳥子紙御朱印写」(1723年以降)があり、五箇の奉書を全て藩が買い上げるとした規程(1675年、2年で廃止)や高級品の自分売りを禁止し、他を藩の許可制とした規程(1678年)、1699年(元禄12)の判元制の規程等がまとめられている。
また、「楮子苗植付家別指上帳(1842年)」によって、紙の増産に伴って原料の楮株を藩から受け取ったことや、多数の借銀願から、他国の追い上げを受けて五箇の位置が低下し、漉屋の困窮が顕著になったことが知られる。
明治以降では1873年(明治6)の護法一揆に関するもの(贖罪金一覧・同猶予願)や村規(1880年)、村議会・予算関係等が主な内容である。
利用条件
 
県史収載
資料編6 P.374-397 18点、通史編3 P.253・255・318・351・354、通史編4 P.357・361・362・599-602・692
県史以外の収載
『今立町誌』 『今立町史料目録』
複製本番号
G0357~G0379
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。