仲井伊兵衛家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
G0042
資料群名
仲井伊兵衛家文書
地域(近世,行政村,現在)
今立郡持越村,上池田村持越,池田町持越
資料の年代
1860年(万延1)~1926年(昭和1)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
持越村は池田を北流する足羽川両岸の山裾が狭まり、川が迂回する所の南側で、松ケ谷村の南に位置する。村名は1606年(慶長11)頃の越前国絵図には見えないが、池田部子谷村に含まれると考えられている。「正保郷帳」にはその名が見え、村高は80石余。「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」も同石。はじめ福井藩領。86年(貞享3)幕府領、92年(元禄5)土岐領、のち幕府領を経て、1720年(享保5)からは鯖江藩領。『池田町史』によると、内藤藤右衛門家の1691年(元禄4)の明細帳では、家数は16家・人数69人・牛5疋となっており、漆役は銀28匁で池田郷の村のうちで一番多かった。また、同村は足羽川の地係が長いので川役の負担も大きく、さらに、地形柄たびたび洪水が起こり、浸水・水害に悩まされてきた。
仲井家は古くは重兵衛、明治に入ってからは伊兵衛を名乗り、持越村の庄屋などの村役人や戸長を務めた。
資料群の概要
撮影点数は55点。ほとんどが明治以降の近代資料である。
近世資料は借用証文1点のみであるが、そこには「重兵衛」の名が見える。明治以降の資料には「伊兵衛」の名しか見えない。
近代資料は、大部分が持越村の庄屋や戸長、区長を務めていた時の村関係の資料で、「諸雑用割元帳」や「諸雑用指引帳」は明治初期から大正初期にかけてまとまって残されている。他に、「租税金取立覚帳」や「反別上中下仕分帳」などがある。
否撮カードは、「今川」などの手習本や「日本略史」など11枚。
利用条件
 
県史収載
 
県史以外の収載
 
複製本番号
G1574~G1580
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。