市橋平吉家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
G0041
資料群名
市橋平吉家文書
地域(近世,行政村,現在)
今立郡東庄境村,南中山村東庄境,越前市東庄境町(今立町)
資料の年代
1760年(宝暦10)~1938年(昭和13)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
東庄境村は服部川下流域で八幡山を北側に背負い、服部谷の入口に位置する。はじめ福井藩領、1686年(貞享3)幕府領、1720年(享保5)から鯖江藩領。村高は「正保郷帳」では西庄境村と合わせて庄境村として823石余。「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」では東庄境村として505石余。
漆の樹液を採集する職人は漆掻き(掻子)と呼ばれ、1908年(明治41)の時点で全国3,705名の漆掻き中、過半の1,600名を福井県が占めていた。このうち1,560名が出稼者で、今立郡を中心に関東・東北・中部地方へ出かけていた(刀禰勇太郎『漆かきさん―その実態』1963年)。
東庄境村の家数は1870年(明治3)で114軒、前年には67軒が「御百姓片手」に商工業に関わる家々であった。また、1854年(安政1)で36名が漆掻きのために信濃・甲斐・相模・武蔵・上野・下野・常陸・陸奥磐城に出稼ぎしていた(『今立町誌』第1巻)とされるが、このなかに当家は含まれていない。
市橋平吉家は、69石余(嘉永6年「御高名寄帳」小林弥平家文書G0022-00006)とまとまった高を所持し、文化期から明治期にかけて、忠三郎が漆掻き職人を雇い採取した漆液を漆問屋や漆器職人に販売する元締として、上野・下野国を中心に広範に活躍した。
2011年7月、寄贈。
資料群の概要
撮影点数285点のうち180点ほどは(1)漆売買にかかわる長帳類であり、ほかに(2)小作卸米関連の長帳、(3)金銭出入帳(貸金を含む)、(4)香典帳などがある。
(1)市橋家の帳簿類は、1810年(文化7)から明治初年まで約60年間にわたり、市橋忠三郎とその手代茂左衛門らによる記録と考えられる。その活動範囲は、下野国栃木・鹿沼・佐野・飛駒・足利・日光等、上野国大間々・館林・高崎等を中心に陸奥国棚倉、武蔵国秩父にも及んだ。一部、漆掻き自身が記した日誌(採取本数、樹液量、食糧・日用品の買い物覚)も含まれる。
その内容は、漆樹の買入れ、漆掻きへの旅費・生活費の貸与額とその収穫量、漆液の地元での販売や漆器産地へ移送、漆器産地への椀や膳等の発注や販売等が含まれる。移動先で記されたためか、経営全体がわかる組織的な帳簿は少ないように思われる。
漆器産地としては、紀伊国黒江(塗師保田茂右衛門ら)との関わりが深く、1828年(文政11)から68年(明治1)にかけて「紀州送漆目方覚帳」等が18点ほどある。また幕末になると江戸の漆問屋越前屋清次(治)郎、大坂の播磨屋与右衛門らを通して出荷していたことがわかる。
(2) (3)小作卸帳・金銭出入帳それぞれ約40点は、本家である平吉家の地主経営・府中を含む近隣村々での金融業の記録である。
(3) 香典帳類は、おもに18世紀末から文政期までのものである。
利用条件
 
県史収載
 
県史以外の収載
 
複製本番号
G1435~G1573
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
文書館に事前にお問い合わせください。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。