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福井県文書館
目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
G0021
資料群名
成願寺文書
地域(近世,行政村,現在)
今立郡岩本村,岡本村岩本,越前市岩本町(今立町)
資料の年代
1579年(天正7)~1870年(明治3)
資料目録件数
196
組織歴および履歴
岩本村については、岩本区有文書の解説を参照されたい。
成願寺は寺伝によれば、もと天台宗で粟田部村にあったが、1290年(正応3)時宗二世他阿真教が当地に遊行の際改宗し、94年(永仁2)現在地に移ったという。時宗では長崎称念寺が近世初頭から触頭をつとめており、本寺への後住願いなどの際には触頭の添状を必要としたが、成願寺は1641年(寛永18)から後住願の際にも称念寺の添状を必要としない別格の寺院であった。
なお、1778年(安永7)住持其阿玄道が「遊行二世他阿上人法語」8巻を開板したが、板木は京都七条道場(金光寺)に寄進された。
成願寺は寺伝によれば、もと天台宗で粟田部村にあったが、1290年(正応3)時宗二世他阿真教が当地に遊行の際改宗し、94年(永仁2)現在地に移ったという。時宗では長崎称念寺が近世初頭から触頭をつとめており、本寺への後住願いなどの際には触頭の添状を必要としたが、成願寺は1641年(寛永18)から後住願の際にも称念寺の添状を必要としない別格の寺院であった。
なお、1778年(安永7)住持其阿玄道が「遊行二世他阿上人法語」8巻を開板したが、板木は京都七条道場(金光寺)に寄進された。
資料群の概要
資料編収載文書3点のうち最も古い「佐々成政禁制」は写ししか伝存しない。「略縁起」「什物記」「成願寺記録」「成願寺記録留」などの冊子類のほかは、ほとんどが本山の藤沢清浄光寺遊行上人からの書状で、寺格や前述の法語開板に関することもあるが、大半は年賀の挨拶などである。なおこの書状は大半が内田家あてのものである。内田家は当地きっての旧家で当寺の「檀頭」を務めており、当寺との関係は深く、1935年(昭和10)に内田家が岩本の地を離れる際、「伝世の文書中、羽柴秀吉禁制状、太閤検地帳など、村に関するものは岩本区有文書中に移し、寺に関する一切は成願寺文書に入れた」(「福井県史しおり」1987. 3.15)と当主内田穰吉氏が記述しているので、あるいはこれらの書状はその一部かとも思われるが、同氏はまた「成願寺文書は県史編さんにあたっても未調査のまま残された」とも書いており、詳細は不明である。このことの確認のためにも、再調査が望まれる。
県史収載
資料編6 P.526-527 3点
県史以外の収載
『今立町誌』、長谷川裕子「江戸時代初期の越前に現れた「領」-結城秀康・松平忠直の領国支配機構-」(『福井大学教育地域科学部紀要』4 2014年)
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
福井県文書館では原本は収蔵しておりません。代替物(写真複製本・画像)をご利用ください。
利用上の注記(二次利用)
福井県文書館に事前にお問い合わせください(0776-33-8890)。
利用条件(文書館)
 
複製本番号
G0210~G0211、G0450~G0451
関連資料一覧
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