津田道弘家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
G0019
資料群名
津田道弘家文書
地域(近世,行政村,現在)
今立郡粟田部村,今立郡粟田部村,越前市粟田部町(今立町)
資料の年代
1649年(慶安2)~1884年(明治17)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
粟田部村は行司ケ岳南東麓、鞍谷川中流域に位置する。福井藩領で、村高は「正保郷帳」「元禄郷帳」で1633石、「天保郷帳」で1668石余。
津田家由緒書によれば当家先祖は越前国守護朝倉氏の家臣であった。朝倉氏没後、天正年間に津田覚膳なるものが粟田部に土着して今日にいたっている。屋号は蔦屋、通称は代々覚兵衛で、幕末の頃佐次右衛門を称していた。家業は農業のかたわら、醸造業、饅頭製造業、売薬業、糸問屋などを営んでいた。
資料群の概要
撮影資料は(1)江戸期の村関係資料、(2)幕末から明治初期頃までの家業関係資料、(3)その他に大別できる。
(1)はおよそ480点におよぶ物成銀米納方通、水帳、田方・畑方覚などの年貢・土地関係資料、人足関係資料、売券、願書などである。(2)は勘定帳、大福帳、諸日記、製薬・売薬関係、絸(繭)関係資料であり、津田家の経営状況を知ることができる。(3)は巡検使関係、大火事記録、祭礼、年行事帳などである。1838年(天保9)の「御廻国様御泊脇亭主覚記」は津田覚兵衛が脇本陣の仮亭主を務めた際の記録である。これから粟田部は在郷町として発展してきたが、天保飢饉の影響で家数・人数が激変していることがわかる。
否撮カードは御物成銀納方仮通・本通、借用証文、帳面類など188枚。
利用条件
 
県史収載
通史編4 P.317
県史以外の収載
『今立町誌』
複製本番号
G0186~G0199
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。