舟津町五丁目区有文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
F0025
資料群名
舟津町五丁目区有文書
地域(近世,行政村,現在)
今立郡上鯖江村(白鬼女村),舟津村上鯖江,鯖江市舟津町
資料の年代
1576年(天正4)~1896年(明治29)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
白鬼女村は上鯖江村(村高1475石余)の枝村で、江戸時代を通じて福井藩領。上鯖江村は北陸道の宿駅であり、北陸道が日野川と交わる水陸交通の要地で三国まで川舟が通じており、福井藩の物資輸送に大きな役割を果たしていた。
枝村である白鬼女村は、日野川右岸に位置し、当村と対岸家久村との間で舟渡しを行った。当村は渡舟のほか、川舟輸送に従事していた。明治初年には、川船持11人、船稼19人、水陸の積替えのための荷物稼18人、日雇稼51人などがいた。1869年(明治2)8月、村名を白川村と改称した。同年の家数は113軒、人数は536人である。なお、江戸時代、当村には庄屋・長百姓がおかれていた。
資料群の概要
撮影資料50点は、1576年(天正4)の秀吉諸役免許状を初出とし、主として交通・運輸に関する近世資料と明治初年の村況を伝える資料に大別される。
近世資料は、秀吉諸役免許状を除けば1786年(天明6)の永代記録帳のように中期以降の資料が中心である。交通・運輸関係以外には、人夫改帳・軍用人馬改帳や義免囲籾帳などがある。なお、秀吉によって免許された45石は、江戸時代も引き継がれ、上鯖江村高のうち「白鬼女村持高」として諸役夫米がかからなかった。交通・運輸関係からは、舟持稼ぎや塩の陸送などをめぐって当村と上鯖江宿問屋との出入りなどについて知ることができる。記録帳からは、渡舟の建造や川除普請入用に関すること、福井藩の川舟輸送に対する規定など、福井藩主をはじめとする国内の大名や隣国加賀前田氏、さらには本願寺門跡の通行時の記事などが読みとれる。
明治期の資料は戸籍や職業に関するものが中心で、このほか布令書や村名改称に関するものがある。
利用条件
 
県史収載
資料編5 P.184-190 7点、通史編2 P.816、通史編3 P.393・P.442・P.598・P.604-607・P.610-613、通史編4 P.362・P.377
県史以外の収載
『鯖江市史』
複製本番号
F0104~F0109
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。