斎藤與平家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
F0020
資料群名
斎藤與平家文書
地域(近世,行政村,現在)
今立郡上鯖江村,舟津村上鯖江,鯖江市舟津4
資料の年代
1598年(慶長3)~1922年(大正11)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
上鯖江村は村高1463石余の大村で近世を通じて福井藩領。当村は鯖江の町に南接する宿駅で、北陸道が日野川と交わる水陸交通の要衝であった。水運ではここを基点として、三国湊までの約12里(約48キロ)間に川船が通い、各地から同村に物資が運ばれてきた。また、川沿いの枝村白鬼女から対岸家久村(武生市)までの川幅約40間で船渡しが行われていた。
上鯖江宿には頭百姓13、4人で構成される「十四役」と呼ばれる村政・宿駅に関する決議機関があり、斎藤家はこのグループに属し村役なども務めた。1890年(明治23)の「貴族院議員多額納税者互選人名簿」によると、当家は直接国税804円余に達し当時県内2位の多額納税者であった。当時の当主与二郎は県会議員を務め、初代の舟津村長、ついで今立郡会議員と地元の要職を歴任し、また県農工銀行の設立委員を務めるなど、県経済界にも重きをなした。
資料群の概要
主な内容は、近世資料は、隣村との境界争論、交通、畦直し、用水、舟津神社などに関係する村方資料約150点、近現代資料は、地租改正関係などおもに明治初期の上鯖江区に関する資料のほか、斎藤家の地主経営資料、会社経営資料、書簡、辞令類など約80点からなり、これらが両文書に混在している。
近世文書では宿駅関係文書に特色がある。とくに同村よりの物資輸送では陸送よりも川船輸送が有利であったことから、宿法に反して船積み川下げするものがあり、それにともなう紛争史料が多い。
近代史料では福井県成立後の地租改正関係資料が多く、たとえば1882年(明治15)9月の大蔵省官員による巡回検査以後の「反米登量額御修正ノ儀ニ付伺」(同年12月)、83年7月に県が事業の終了を中央に報告した直後の「修正監定不服書御取消願」(同年8月)や、「明治九年地租未納金年賦金一時上納願」(84年3月)などにより、当地域の同事業の結末をある程度明らかにできる。
また、1890年(明治23)6月の貴族院多額納税者議員の互選に関する書簡類からは、当主与二郎が15人の互選人の一人として、大地主の代表山田穰と、旧福井藩士族で県会議長山田卓介の争いの中で終に棄権にいたった様子がうかがえる。
なお、分量的には、明治末から大正初めにかけて国高村瓜生などとの間で争われた八ケ用水訴訟関係書類、当主が役員を務めた大正中期から昭和初期にかけての越前物産合資会社・南越織物株式会社の営業報告書綴りなど大部の史料がある。
否撮カード約170枚には地租改正関係・地主経営関係資料を中心に一括目録が多く含まれており、また証文類は大量であるため目録も作成していない。これらのことから、近世末から昭和戦前期にかけての膨大な未撮資料があると思われる。
利用条件
 
県史収載
資料編5 P.90-109 11点、資料編10 P.676 P.695 2点
県史以外の収載
『鯖江市史』
複製本番号
F0059~F0091
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。