池上芳三家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
E0112
資料群名
池上芳三家文書
地域(近世,行政村,現在)
武生町,武生町橘町,越前市元町(武生市)
資料の年代
1760年(宝暦10)~1924年(大正13)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
池上家はもとは大柳姓を名乗り、中世には足羽郡一乗谷の朝倉家に仕えて魚問屋を務めていたといわれる。近世には府中領主本多家の御用魚問屋で御肴屋忠左衛門と称し、代々魚問屋を営んでおり、昭和初期まで魚市場を経営した。明治期には大柳助三郎を名乗り、1865年(慶応1)生まれの栄治郎は、80年には松村才吉・岩堀恒太郎・長谷川豊吉らと自由舎をつくり『慷慨新誌』を発刊、国会開設請願運動に関わった。82年9月に結成された南越自由党に参加、北陸自由新聞の通信員として協力するなどして、明治前期の自由民権運動家として活躍した(池内啓『福井置県その前後』1981年)。
1884年(明治17)に池上家を継いだ以降は家業に専念し、かたわら小艇を号して詩作(漢詩)に勤しんだ。
2019年4月当館に寄贈。
資料群の概要
県史編さん時に、マイクロフィルムで172点を撮影し、その後2019年の寄贈時に追加で409点を撮影した。これら撮影資料580点余のうち、180点ほどが武生町の魚市場に関するものである。このうち、1829年(文政12)の「御定書之事」は魚問屋と仲買間の紛争を解決するため町役所が新しく定めた規則であるが、2人と定められた魚問屋の1名が当家である。御肴屋助左衛門は一時休業し、63年(文久3)ごろから再開したが、61年の「乍恐口上書を以奉願上候」はその再開願いである。
近代の資料は明治期の魚市場の税金上納書や、1885年(明治18)に新規開設した魚市場を交えての定約書(1890年)、それ以後の魚問屋組合規約、利益配当金の領収書などがある。1881年(明治14)の「為取換約定書」からは魚問屋と消費地の魚商人との代金支払い延納問題について両者の関係を知ることができる。
250点余の借用証文類は、ほとんどが明治10年代を中心としたものである。
その他、池上栄治郎が漢学を学んだ曽我東涯(-1888、旧鯖江藩士)の追悼会の資料、また記念碑をつくるにあたっての予算書などがある。
撮影されていない資料440点余は、漢詩を師事した岩渓裳川など漢詩人の書簡、漢詩、借用証文等である。
利用条件
 
県史収載
 
県史以外の収載
『武生市史』、『福井県古文書所在調査報告書』、『丹南史料研究』、原田政美「近世末期魚市場における競争と独占」『福井県立大学論集』13、同「明治中期魚市場における競争と独占、及びその組織化」『同志社商学』第56巻5・6号
複製本番号
E0942~E0948、E1040~E1048
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。