藤垣神社文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
E0088
資料群名
藤垣神社文書
地域(近世,行政村,現在)
越前市本多(武生市)
資料の年代
1607年(慶長12)~1883年(明治16)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
福井藩祖結城秀康に近侍として、付家老として仕えた本多富正は、福井藩における上級藩士の中で高知席をも凌ぐ筆頭家臣として大名格ともいうべき府中本多家の地位を築いた。
当社は、府中本多家が、1864年(元治1)吉田家から神位を得て館内(現武生市役所地)に富正を奉祭したことに始まるが、明治維新後本多家とともに東京に移された。
1882年(明治15)、あらためて旧館内に戻され、藤垣神社と称されることとなった。社名は館が藤垣の城と称されていたことに由来するという。
1932年(昭和7)、道路拡張等のため現在地に移転。
資料群の概要
7点を調査・撮影している。福井藩祖結城秀康病没後、大御所家康・将軍秀忠が富正の殉死を諫めるために送ったとして有名な書状、秀忠筆の能「敦盛」一節、富正書状、1883年(明治16)、当社創立を記念して松平慶永・茂昭から石灯籠を寄贈する旨を記した書状、同年の、藩政期最後の当主であった本多副元から富正ゆかりの品々を寄附する旨の書状等である。撮影された文書はこの折り寄附されたものと思われる。
否撮カードはない。
利用条件
 
県史収載
資料編6 P.291-292 3点、 通史編3 P.128
県史以外の収載
『武生市史』
複製本番号
E0589
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。