小泉教太郎家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
E0086
資料群名
小泉教太郎家文書
地域(近世,行政村,現在)
南条郡二階堂村,白山村二階堂,越前市二階堂町(武生市)
資料の年代
1311年(応長1)~1896年(明治29)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
二階堂村は、天王川の最上流部、山干飯郷の中心をなす盆地の西側山麓に位置する。村高は165石余、はじめ福井藩領、1645年(正保2)から1721年(享保6)まで松岡藩領、以後再び福井藩領。92年(寛政4)の家数14・人数80(越前宗門帳)、1872年(明治5)には戸数17・人口72(「足羽県地理誌」)。
小泉家は、吉左衛門を称し、庄屋役等を務め、また真宗道場を兼ね、山干飯郷の郷社白山神社神職にもかかわった。明治期には酒屋を営み、当主吉五郎は1873年(明治6)には戸長を務める。長男教太郎は「北陸自由新聞」に出資するなど自由民権運動に参加、のち県会議員。「小泉手記」を残す。県会議員時代、特産として花莚製造を奨励した。
資料群の概要
撮影資料約300点は、(1)中世文書(2点)、(2)白山神社、(3)年貢・法令、(4)村方関係に分けられる。(1)のうち土岐美濃守頼芸は1582年(天正10)に没しており、当家との直接の関係は不明という(資料編解題)。(2)では白山神社や真宗道場の由来、村と白山神社との関係などが具体的にわかる資料が多い。(3)では小物成銀算用帳などの諸帳簿類が主であるが、物成銀の受取通も残されている。なかでも「御納所算用(納所算用法覚)」は取米・口米・夫米等の計算法を具体的に教えてくれる。また当村は作難の土地柄の割に村高が高いとして、たびたび下行米、あるいは年貢率の削減を願い出ており、1871年(明治4)「(困窮に付免下げあるいは下行米の願書)」もその1つであるが、ここでは1780年(安永9)以降の下行米の実施などについて述べており、1836年(天保7)-37年の飢饉についての記述もある(長帳の下部が破損しており意味を取りにくい部分がある)。(4)では、庄屋役廻り持ちに関するもの、新百姓取立てについての村極、炭焼証文など、村の具体的な様子がわかる資料がある。
明治期の資料も撮影されているが、この外に、県立図書館に寄託されている明治期の福井県関係新聞(福井市史編さん課所蔵フィルムからデュープ・紙焼き)と、東大社研が撮影した杉田定一書簡などからなる「小泉教太郎家文書」(池内啓氏所蔵フィルムからデュープ・紙焼き)がある。
否撮文書は1857年(安政4)「出府中諸事控留」のほか明治期2点、年未詳2点。
利用条件
 
県史収載
資料編6 P.142-151 8点、通史編3 P.297、通史編4 P.218
県史以外の収載
『武生市古文書目録』『福井県古文書所在調査報告書』『越前若狭古文書選』
複製本番号
E0578-1~E0587
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。