専応寺文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
E0083
資料群名
専応寺文書
地域(近世,行政村,現在)
丹生郡安養寺村,白山村安養寺,越前市安養寺町(武生市)
資料の年代
1577年(天正5)~1917年(大正6)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
専応寺の所在地である安養寺村は、鬼ケ岳西北麓の小盆地に位置し、中世は山干飯保の地であった。当寺は浄土真宗本願寺派寺院である。
当寺文書によれば、天正期(1573-92)、安養寺村一帯の農民は摂津国小浜の毫摂寺門徒で、当村にその支坊乗専坊がおかれていたらしい。当村の土佐と大進が門徒を組織して親鸞聖人の御影を守っていたが、石山合戦終結後、毫摂寺から離れて本願寺直参となり、土佐は専応寺を興し、大進は当村の養徳寺(真宗大谷派)への祖となったと考えられる。
資料群の概要
当寺の資料は、(1)顕如消息・准如書状、本願寺坊官書状類、(2)小曽原村西応寺関係、(3)山売券、(4)その他、に分けられる。
(1)の顕如消息写は、石山合戦終結後、本願寺顕如から義絶された教如方に加担しないよう越前国惣門徒に求めたものであり、このほかに専応寺創立以前の当村土佐宛の書状類、志納金披露状などがある。(2)の西応寺は専応寺の下寺であるが、1712年(正徳2)両寺は出入りとなった。この結果西応寺は直参となり、門徒の3分の2は専応寺への「御預ケ」となるなどし、この後も小曽原村門徒をめぐり争いが起こっている。このほか、仏光寺派光照寺からの帰参関係資料もある。(4)には、空海筆書、沢庵絵幅、和歌集などがある。
否撮カードはない。
利用条件
 
県史収載
資料編6 P.176-196 48点、通史編2 P.777
県史以外の収載
『武生市史』
複製本番号
E0571~E0572
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。