青木庄左衛門家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
E0067
資料群名
青木庄左衛門家文書
地域(近世,行政村,現在)
南条郡府中町,武生町,越前市本町(武生市)
資料の年代
1625年(寛永2)~1909年(明治42)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
家伝によれば、当家は中世以降の武家で、青木紀伊守一矩(秀以)の末裔であるとされる。青木一矩は1586年(天正14)に金森長近の飛騨転封後大野郡へ入った。1594年(文禄3)頃には府中8万石を領し、99年(慶長4)には北庄20万石を領した。関ヶ原の戦いでは最終的に徳川方についたが、戦いの直後死亡して除封された。一矩の嫡子俊矩の四男昌矩(庄左衛門)は南条郡平吹村に蟄居したが、結城秀康から府中に屋敷を与えられ、代々酒造業を営み明治期に至ったという。当家は近世以降、豪商として知られ、現在も平吹屋と称しているが、現在酒造業を営んでいることは確認できていない。
資料群の概要
約70点が撮影されているが、(1)事績記録・系図、(2)武具、(3)酒造関係、(4)御用金関係に大別される。
(1)では青木一矩と豊臣家・徳川家との関係等を示す記録がある。また(3)では享保年間に書かれた「酒大事品々留」があり、当時の酒造技術や注意事項が詳細に記されている。その他宝暦年間以降の酒値段・酒造用具・酒造株などに関する記録が約20点あり、酒造仲間の動向がうかがえて興味深い。
(4)は主に府中本多家への御用金・献金関係文書であるが、福井藩に関するものも若干含まれており、それを含めて約20点ある。
なお、県史収載の中世文書(後醍醐天皇綸旨、足利義輝・義昭御内書、朝倉義景感状)は東大史料編纂所の影写本によっており、実際には1902年(明治35)の写ししか確認できなかった。同じく須田満親書状も前述影写本によったものであるが、これは写しも確認できなかった。従って撮影資料の上限からはこれらを除外した。
否撮文書は3点で、法事の用留帳である。
利用条件
 
県史収載
資料編6 P.3-13 8点
県史以外の収載
『武生市史』
複製本番号
E0552~E0555
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。