願成寺文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
E0058
資料群名
願成寺文書
地域(近世,行政村,現在)
南条郡土山村,白山村土山,越前市土山町(武生市)
資料の年代
1547年(天文16)~1886年(明治19)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
土山村は武生市の西部、河野村境に近く、日本海に直接注ぎ込む糠川の上流部に位置する。村高は39石余。はじめ福井藩領、うち36石余が1645年(正保2)から1721年(享保6)まで松岡藩領で、以後すべて福井藩領。ただし3石余の願成寺除地があった。1792年(寛政4)の家数9・人数33(『越前国宗門人別御改帳』)、1872年(明治5)には13軒・59人(『足羽県地理誌』)。
宝土山願成寺は、寺伝によると1372年(応安5)に智本という法名の女性が開基となり、芳菴祖厳を開山に迎えて創建された曹洞宗寺院である。祖厳の跡は弟子の嫩桂祐栄(中津原村少林寺開山)・昌菴■(春日野村盛景寺開山)・竜室道泉(若狭常在院開山)と住持を嗣いでいる。また開山祖厳の師は府中龍泉寺の通幻寂霊、その師は総持寺峨山紹磧という関係であったところから、これらの寺院の配置が、総持寺系寺院の越前進出の軌跡を示すものであり、そのなかで願成寺が重要な位置を占めていることが指摘されている。なお、三方郡の常在院、臥竜院(盛景寺三世建立)などに見られるように、当寺は曹洞宗の若狭への展開についても深い関わりを持っているが、三方郡の武将粟屋勝政の1583年(天正11)「菜園畠等寄進状」の当寺との関係はわからない。
資料群の概要
撮影された資料約30点はそのほとんどが、願成寺主が総持寺妙高庵塔主職を輪番で務めたときのものなど、当寺に関するものであり、なかでも松平光通の朱印状など寄進された境内山林に関する資料が大半を占める。
否撮カードはない。
利用条件
閲覧できない資料あり。
県史収載
資料編6 P.135-136 5点、通史編2 P.989-990・P.992・P.993-994、通史編3 P.635・P.658
県史以外の収載
 
複製本番号
E0358
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。