青山五平家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
E0049
資料群名
青山五平家文書
地域(近世,行政村,現在)
丹生郡横根村,大虫村横根,越前市横根町(武生市)
資料の年代
1482年(文明14)~1881年(明治14)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
横根村は、丹生山地東端の谷あいに位置する。はじめ福井藩領、1686年(貞享3)幕府領、97年(元禄10)紀州松平頼職領、さらに幕府領をへて1720年(享保5)鯖江藩領となった。村高は406石余で、1687年(貞享4)の村明細帳では、このうち65石余が近隣の三ツ俣・丹生郷・上四目・上大虫の村人が耕作する越石であり、家数は32軒(うち本百姓12、水呑18) 、人口172人であった。
当家は、代々五兵衛を称し、庄屋を務めた。
資料群の概要
撮影文書は、戦国期の4点のほか、村方文書が江戸時代を通して豊富に残されている。文書群は、(1)村内の横根寺に伝来した中世文書以外は、ほとんどが横根村の村方文書であり、(2)土地・貢租・用水関係、(3)三ツ俣村などからの越石出入関係、(4)寺院関係、(5)その他願書・記録類、など多岐にわたっている。
(1)戦国期の4点の文書は、1817年(文化14)に借金の質草として青山家に移ったもので、1482年(文明14)寺領安堵状、1523年(大永3)朝倉氏に承認を得るために提出した寺領目録控、1561・64年(永禄4・7)朝倉氏の出陣にあたって武運長久の祈祷を命じた奉書2点である。横根寺は、天台宗で現在は横根の北西の山麓に庵室、山頂近くに本尊千手観音を安置する堂宇が残る。東寺百合文書中の1445年(文安2)8月の「越前国真光寺東寺修造料足奉加人数注進状」に方山真光寺(丹生郡清水町に寺跡あり)の末寺として名がみえる。
(2)では、1593年(文禄2)の横根村歩割帳、98年(慶長3)太閤検地帳、1687年(貞享4)以降の年貢割付状34点、天明期から天保期にかけての小検見引方帳15点、元禄期以降の皆済目録21点、文化期以降の年貢米金請取帳22点などがある。宝永期から享保期にわたる隣村高森村の割付状も15点含まれている。
さらに1604・11年(慶長9・16)の用水規定からは、大虫神社を中心とした近世初期の村落の様子をうかがうことができる。
(3)隣村の三ツ俣村からの越石はしだいに増加し、寛政期には100石を超えていた。このため作難年の引高や検見の帳簿などをめぐってたびたび争論が起っている。
(4)では、前述の横根寺の1706年(宝永3)由来書、寺領の観音山にかかわる口上書、後住職願、年中記録(年不詳)などがある。あわせて同村内の誠願寺の山論、後住職願、借銀年賦返済願などがある
(5)では、文化期以降、当家が庄屋を務めた期間の用留類、鯖江藩借用状、作難年の願書類、縁組・送籍状などが含まれる。また1687年(貞享4)の村明細帳は、稲や畑作物の品種や作付割合、肥料なども書き上げられており、興味深い。
否撮影資料は、約240点で、長帳類約180点(年貢米金請取帳、盛割付覚帳、田畑おろし米請取帳など)、一紙文書約60点(借用証文、村送・寺請証文、明治前期辞令など)である。
利用条件
 
県史収載
資料編6 P.14-55、通史編2 P.656・P.951・P.952・P.955、通史編3 P.299・P.300・P.319、通史編4 P.42・P.133・P.212・P.218・P.403
県史以外の収載
『武生市史』 『武生市古文書目録』
複製本番号
E0499~E0519
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。