大塩八幡宮文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
E0048
資料群名
大塩八幡宮文書
地域(近世,行政村,現在)
南条郡国兼村,王子保村国兼,越前市国兼町(武生市)
資料の年代
1298年(永仁6)~1906年(明治39)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
大塩八幡宮は武生市の南部、国兼町の桜井峰(187メートル)の北麓に鎮座する。縁起によれば、紀友仲が891年(寛平3)にこの峰に石清水八幡宮を勧請したのが創建という。資料編解題によれば、「所蔵文書は約3000点を数え、およそ次のように整理がすすんでいる。 文書目録、縁起・神社明細帳類、叙任、祭典・葬祭、社領・除地、造営・修復、吉田神道、疱瘡神、宝光寺一件、瓜生家、その他」とあり、県史の調査点数をはるかに超える。
当社は、中世に入ってとくに武家の崇敬篤く、朝倉家代々から社領安堵状も伝存していたが、原本は現存しない。近世に入り、結城秀康により国兼村のうちに社領30石(1603年)、松平忠直により20石の加増をうけ、これ以降歴代にわたり50石を安堵された。府中本多家も初代富正が武運長久を祈願して以来、同家祈願所となる。
神主の瓜生氏は中世以来社家を務め、近世には従五位下に叙せられていた。当社の拝殿は国指定重要文化財となっている。
資料群の概要
あわせて約650点を調査し、うち約350点を撮影した。
1298年(永仁6)の八幡宮神田奉免状を初出とし、縁起、朝倉氏歴代の安堵状などの中世文書十数点の原本は現存せず、写しが残る。これらの資料編収載にあたっては、東京大学史料編纂所影写本によったものがある。
近世文書は、(1)縁起類、(2)寺領関係、(3)社殿・大鳥居普請関係、(4)湯尾疱瘡神関係、(5)神社年中行事・一千年祭・湯立神事、(6)瓜生家(清原家)系図、口宣案・宣旨、神道免許状、(7)宝光寺関係、(8)福井藩給帳(秀康・忠直・光通・昌親・綱昌、松岡藩昌勝、吉江藩昌親)、(9)その他、に分けられる。
なかでも、(3)に関するものが多い。本殿は1727年(享保12)、71年(明和7)-72年に、大鳥居は1718(享保3)-19年、1801年(享和1)-05年(文化2)にかけて再建されており、そのための万人講や勧化が行われている。また、普請用の材木は御立山などから運ばれており、その引人足は領内四郡割とされることもあった。
(7)の宝光寺は、比叡山五ケ室行光坊の法流であったが、永らく無住であり当社が預かっていた。1815年(文化12)、寺号は吉田郡寺前村の道場通仙房へ譲渡された。(9)のその他には、水戸浪士関係、京都への駄賃帳、府中の龍泉寺や陽願寺の改帳などがある。
否撮資料は、縁起類、疱瘡神札配付関係、普請関係、祠堂金、奉加金、御祓帳、算額、大谷寺関係などである。
利用条件
複写はその都度所蔵者の許可が必要。
県史収載
資料編6 P.76-85 23点、通史編2 P.323・P.946・P.959、通史編3 P.719、通史編4 P.758
県史以外の収載
 
複製本番号
E0471~E0481、E0726~E0736
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。