伊吹長兵衛家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
E0007
資料群名
伊吹長兵衛家文書
地域(近世,行政村,現在)
今立郡北小山村,味真野村北小山,越前市北小山町(武生市)
資料の年代
1686年(貞享3)~1875年(明治8)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
北小山村は、鞍谷川上流筋、味真野扇状地扇端に位置する。古くは南小山村と一村であった(三田村弥兵衛家文書参照)。枝村に吉村・若宮村があった。村高は、正保郷帳で500石余、天保郷帳から608石余となる。この増加分108石余については、当家資料中に「寛永年中福井領主より百八石改出しを請」とあり、開発は早い。当村高のうち、103石余は金屋村忠兵衛へ越石となっていたが、越石分の納所をめぐり江戸公訴となった。1745年(延享2)裁許となり、忠兵衛持高は越山とともに取り上げられ、北小山村支配となった(山岸長助家文書にも裁許状写がある)。その後、この越山分の支配をめぐって、南小山村と出入りとなる(三田村弥兵衛家文書参照)。
当家は北小山村の庄屋などを務め、所持高は1793年83石余、1838年130石余である。
資料群の概要
約290点を調査し、うち130点余を撮影した。
年未詳の中世文書4点を有するが、当家とは直接は関係がなく収集文書と考えられる。
近世文書は、(1)福井藩在々条目・山方条目、(2)用水関係、(3)越山関係、(4)五人組帳・宗旨改帳、(5)年貢関係、(6)当家の蓑脇村おろし米関係、などである。
(2)には、粟田部・五分市・南小山・北小山村4か村用水小丸溜池普請や用水の上での堀田出入がある。(3)には、金屋村越山をめぐっての南小山村との出入がある。南小山村は、この越山を「北小山村預ケ山」と主張し、土元である南小山村へ困窮手当として下げ渡すよう求めた。いっぽう、北小山村は預け山ではなく支配山であることを主張した。結果、南小山村の主張は認められなかったが、そのかわり拝借米や下行米を藩から与えられた(三田村弥兵衛家文書参照)。また、北小山村の年貢率も4ツ6分5厘(天保・嘉永期)と高く、拝借米や下行米が認められている。
(5)には、夫米割帳や下行米割帳などがある。これらのほか、文化から天保期にかけての庄屋御用留、倹約筋、軍帳人夫改帳、中根雪江書状などもある。
否撮資料は、霊泉寺関係、年貢関係、おろし米・出作米関係、用水普請関係、宗門帳類、軍帳のほか、明治期の地券帳や反別地価、地籍図などである。
利用条件
 
県史収載
資料編6 P.62-63 4点、通史編4 P.229
県史以外の収載
『武生市史』 『武生市古文書目録』
複製本番号
E0069~E0074
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。