西応寺文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
D0065
資料群名
西応寺文書
地域(近世,行政村,現在)
丹生郡小曽原村,宮崎村小曽原,越前町小曽原(宮崎村)
資料の年代
1680年(延宝8)~1890年(明治23)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
小曽原村は天王川上流、国成川上流域に位置し、西は城山、南西は若須岳、南東は鬼ケ岳に囲まれる。はじめ福井藩領、1624年(寛永1)勝山藩領、44年(正保1)幕府領(貞享3まで福井藩預り)、97年(元禄10)紀伊高森藩領、1705年(宝永2)からは幕府領。村高は江戸時代を通して775石余。熊谷村とともに越前古窯発祥の地とされる。
真宗本願寺派西応寺の開基は高原新四郎で剃髪後は了誓といい、最初了誓道場と称し、天正年中織田信長法敵の際本山へ忠誠を尽し、1607年(慶長12)了誓没後、長男善西が道場を相続し、56年(明暦2)本山より寺号をもらい西応寺と号したという(『宮崎村誌』)。
資料群の概要
492点の資料を調査・撮影。資料には長帳類と一紙類があり、長帳類は幕末期の年貢取立帳である。一紙類は(1)村方一般、(2)寺関係、(3)年貢関係、(4)借用証文・売券類に大別できる。(1)には土地をめぐる出入りに関する願書、講関係、奉公人請状、村絵図などがある。(2)には撞鐘の受取に関する書状、本山等への寄付の礼状、呼出状、法物覚、由緒などがある。(3)は小曽原村、古屋村、熊谷村、安養寺村からの年貢米・銀、納所銀、山手米等の受取覚・通、皆済目録などで、1700年頃から幕末期までまとまって残っている。
否撮カードは明治期の田畠租税取立帳等11枚。
利用条件
 
県史収載
 
県史以外の収載
「福井県古文書所在調査報告書」
複製本番号
D0652~D0662
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。