明厳寺文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
D0046
資料群名
明厳寺文書
地域(近世,行政村,現在)
丹生郡在田村,天津村在田,福井市在田町(清水町)
資料の年代
1537年(天文6)~1862年(文久2)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
在田村は、丹生山地東端の乙坂山東麓に位置し、江戸時代ははじめ福井藩領、1645年(正保2)吉江藩領、74年(延宝2)福井藩領、86年(貞享3)幕府領、1764年(明和1)から三河西尾藩領となった。村高は657石余であった。
明厳寺は、浄土真宗本願寺派寺院である。中世末期まで道場であったと考えられ、近世に入って寺院化し、江戸時代は京都常楽寺(西本願寺末)の末寺であった。
資料群の概要
戦国期、隣国加賀はいち早く本願寺領国となるが、1531年(享禄4)加賀三山(本泉寺・松岡寺・光教寺)の大坊主と、越前から加賀に敗退した和田本覚寺・藤島超勝寺との間に内紛が生じ、後者が加賀における支配権を掌握したものの、その後もしばしば前者の反抗が続いた。当寺文書の初出である37年(天文6)の「(本願寺証如消息)」は、これに対して本願寺証如が加賀石川郡の門下を規制するために発したもので、一向一揆研究のうえで貴重な資料である。
ほかに、「(羽柴秀吉禁制)」や川那部了治などの書状類、当寺の由来記などが撮影されている。
ちなみに、資料編収載の「(岩本連満所々買徳目録)」「(徳庵・中村宗教連署状)」は、すでに原本が失われており、『福井県丹生郡誌』から転載したものである。
否撮カードはない。
利用条件
 
県史収載
資料編5 P.951-954 7点
県史以外の収載
『福井県丹生郡誌』 『清水町史』
複製本番号
D0331
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。