進士正家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
D0044
資料群名
進士正家文書
地域(近世,行政村,現在)
丹生郡田中村,朝日村田中,越前町田中(朝日町)
資料の年代
1358年(延文3)~1817年(文化14)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
田中村は、天王川下流右岸に位置し、中世には田中荘とよばれる荘園であった。戦国期には郷名で見える。江戸時代ははじめ福井藩領、1686年(貞享3)幕府領、1764年(明和1)から三河西尾藩領となった。なお、明和2-5年は幕府領福井藩預り地であった。村高は985石余である。
当家の先祖の貞友は中世には天王宮(現八坂神社)の大宮司であったとされ、このため、近世に入って社家を退いても進士家は天王宮の神輿渡御の際には特別の格式があったという。
資料群の概要
当家の撮影文書は、巻子仕立ての中世文書(これ自体が写しである)とその写しと思われるものと、近世の一紙文書類に大別できる。
中世の田中郷では、惣社天王宮の神祭執行・神輿渡御・獅子舞などは、有力農民(氏人)の主導による東座・西座の両宮座によって運営されていた。一方、郷内の集落が発展すると、村単位にも役割が分担されるようになったため、東西両座の対立、氏人の特権維持や主導権争いのための相論などもおこってきた。撮影文書は、これら相論に対する室町幕府や朝倉氏の支配者側としての裁断を示したものである。また、巻子仕立てのなかには、近世初期に写された天王宮の縁起もふくまれている。これらの中世文書は、すべて写しであるため今後の検討を必要とするが、中世宮座の由来や実態を知るうえで興味深い資料である。
近世文書は、売券や盛銀の請取などである。
否撮カードはなし。
利用条件
 
県史収載
資料編5 P.311-315 7点 通史編2 P.951・952
県史以外の収載
『福井県丹生郡誌』 『越前若狭古文書選』 『朝日町誌』
複製本番号
D0331
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。