八坂神社文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
D0039
資料群名
八坂神社文書
地域(近世,行政村,現在)
丹生郡天王村,朝日村天王,越前町天王(朝日町)
資料の年代
1354年(文和3)~1869年(明治2)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
八坂神社は、祇園牛頭天王・八幡神・白山神を主祭神とし、中世以来田中郷の惣社として鎮座し、天王川から取水する七郷用水とともに、郷結合の中核となっていた。応神寺・応神天王・祇園天王・天王宮などとも称され、神仏混合の色合いがとくに強かったが、1869年(明治2)の神仏分離令により天麻岐美神社となり、ついで現在の神社名となった。
田中郷は、天王川下流左岸、およびこれが合流する日野川左岸一帯の呼称で、中世には飛鳥井氏の家領となっており、近世には13か村からなっていた。天王村nについては、内藤源太郎家文書の所蔵者情報を参照。
資料群の概要
当神社文書は、(1)慶長期以前のものと(2)近世以降のものに大別できる。
(1)では、太閤検地の際に除地として認められた神領関係のものなどが中心である。「(丹羽長秀禁制)」や「(大町勝左衛門尉天王神領安堵状)」がその例である。
(2)では、民俗的にも興味深い当神社の神祭(祇園祭)執行・神輿渡御・獅子舞などに関するもの、造営関係、さらに吉田家を中心とする神道裁許状、明治初期の神仏分離令関係のものが中心である。ほかに、松平光通・昌親・綱昌の社領寄進状や、越前の農書である1742年(寛保2)「農事心掛覚」なども撮影されている。
否撮カードは書状が2点のみである。
利用条件
 
県史収載
資料編5 P.455-462 8点 通史編4 P.215
県史以外の収載
『越前若狭古文書選』 『丹生郡古文書目録』 『朝日町誌』
複製本番号
D0243~D0245
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。