千秋鶴兵衛家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
D0033
資料群名
千秋鶴兵衛家文書
地域(近世,行政村,現在)
丹生郡乙坂村,朝日村乙坂,越前町乙坂(朝日町)
資料の年代
1719年(享保4)~1902年(明治35)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
乙坂村は丹生山地東端乙坂山の麓にあり、天王川左岸に位置する。村高は988石余で、はじめ福井藩領、1686年(貞享3)幕府領、97年(元禄10)高森藩領、その後幕府領を経て1720年(享保5)鯖江藩領となり幕末に至る。
千秋家は、覚兵衛・鶴兵衛などを称し庄屋を務めていた。当村は、鯖江藩領となった当初は甑谷組に入っていたが、当家の覚兵衛が1791年(寛政3)の大庄屋代に引続き翌92年大庄屋になったことにより乙坂組下となる。乙坂組は、甑谷組14か村(高合わせて7726石余)を引継ぎ、幕末まで続く。なお、当家が代々大庄屋役を務めた。当家は、大庄屋となって間もない1797年は高88石余を所持しているが、幕末には232石を有している(『福井県古文書所在調査報告書』解題)。当家は鯖江藩の才覚金調達に関連して、1817年(文化14)11月に三人扶持を得、46年(弘化3)3月には代々苗字御免と居屋敷諸役免除(1反4畝余)となる。
資料群の概要
1982年当時、県史編さん室は県立図書館内にあり、同館に寄託されていた当家文書を事務局が調査したが、その月日は不明である。事前に図書館作成の目録から調査カードを作成して調査を行ったと思われる。
調査点数の合計は約1200点、うち約310点を撮影したことになる(県立図書館からの紙焼き分を含む)。
所蔵文書は、1719年(享保4)を初出とするが、そのほとんどは当家が大庄屋となった寛政期以降のものであり、大庄屋関係文書といえる。その中心となるのが、1831年(天保2)から71年(明治4)に至る41年間(天保11を除く)の大庄屋の御用日記である。このほか、支配組下の願書類、年貢関係、家数人別寄帳、村方仕法関係、拝借金関係、天王川筋の水論・地境争論関係などがある。鯖江藩の財政関係では、藩への献納金や借財返済にかかわる御頼金・才覚金の調達関係、江戸運送金関係などがある。
明治期の資料は、村長役選出や戸長選挙嵩札、太政官御用金関係、当家の家務日誌などである。
否撮資料は、江戸時代では組下村々の五人組帳・宗門改帳などの冊子類や盛・高掛金関係、巡見使関係、藩主の廻村関係、年貢関係、用水などの出入関係、借用証文類などである。このほか、出入関係の絵図類もある。明治期のものは、川除・堤防関係、地租関係、戸長役場関係、おろし関係などである。
利用条件
 
県史収載
資料編5 P.316-336 11点、通史編3 P.603、通史編4 P.178・P.180-181・P.475・P.497-499・P.922-923
県史以外の収載
『丹生郡古文書目録』 『福井県古文書所在調査報告書』
複製本番号
D0233~D0242、D0285~D0326、D0663~D0664
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
文書館に事前にお問い合わせください。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。