刀禰康隆家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
D0025
資料群名
刀禰康隆家文書
地域(近世,行政村,現在)
丹生郡大味浦,越廼村大味,福井市大味町(越廼村)
資料の年代
1584年(天正12)~1885年(明治18)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
大味浦は大味川河口の南側にあり、東は丹生山地がせまり、北は小丹生浦、南は茱崎浦に接する。村高は51石余、江戸時代を通じて福井藩領。当浦は江戸時代初期には漁業に従事していたが、時期は明らかでないが(少なくとも寛政期以前)、猟舟を時化で失って以来漁業をやめている。刀禰家は中世以来の浦刀祢で、江戸時代には五郎兵衛を称し、庄屋役などを務めた。
資料群の概要
調査点数は約160点、このうち130点余を撮影した。
当家の撮影資料は、1584年(天正12)の大味浦縄打目録(文書の年号は天文とあるが、改竄の跡がありもとは天正と考えられる。)や太閤検地目録などの検地および近世初期の徴租関係、隣接する小丹生浦や茱崎浦との山地境をめぐる争論関係・絵図類に大別される。このほか、明治期の資料に収穫米見据書や初期の租税関係がある。
徴租資料は、1601年(慶長6)から19年(元和5)にかけてのもので、現物納と銀納、小物成(舟役・海役・肴役など)の変遷をうかがうことができる。また、14年の小物成銀請取状には、川役として銀6匁が課せられている。これは大味川の川漁(鮎漁)に課せられたもので、のちに福井藩の川狩に利用され、1754年(宝暦4)8月には10日間藩の鵜方役をはじめとして鵜匠4人など総勢25人が鵜飼にやってきている。この間、大味浦は足半藁として16束10把(330把)の藁の負担を掛けられた。また、当浦には高木舟橋の舟役1艘があり、1833年(天保4)には吉田郡稲田村の米屋十右衛門に銀680匁で10年間の普請を請け負わせている。
絵図類は、大味浦絵図や小丹生浦との論所絵図、明治期の地籍絵図などである。村方資料としては、御手当願などの諸願書類、御立藪関係などがある。このほか、1855年(安政2)、福井魚問屋の口銭増歩の資料など、漁業には従事しなくなったあと、魚仲買人として活躍する当浦の様子を知ることができるものもある。
否撮資料は、地価上申書や土地売券証など明治期のものである。
利用条件
 
県史収載
資料編5 P.342-368 43点、通史編3 P.289・P.438
県史以外の収載
『福井県古文書所在調査報告書』 『越廼村誌』 『丹生郡古文書目録』
複製本番号
D0183~D0185
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。