友広支己家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
D0017
資料群名
友広支己家文書
地域(近世,行政村,現在)
丹生郡下河原村,織田村下河原,越前町下河原(織田町)
資料の年代
1598年(慶長3)~1864年(元治1)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
下河原村は、天王川上流の河岸段丘上に位置し、江戸時代ははじめ福井藩領、1624年(寛永1)勝山藩領、44年(正保1)幕府領(貞享3年まで福井藩預かり)、97年(元禄10)高森藩領、1705年(宝永2)再び幕府領となる。村高は185石余であった。地内には陶土を産出する枝村矢倉があり、往古より隣村平等村のものがこの土を使って焼物を製造していた。土屋野・奥野野・毘沙門の土取場をめぐって平等村との争論が長く続いた。
友広家は下河原村の庄屋を務めていたと思われる。
資料群の概要
撮影文書は、太閤検地帳などの冊子類と、免状・皆済状などの一紙文書に大別できる。
冊子類では、太閤検地帳のほか、反別改書上帳、内見毛付帳、差出明細帳、井堰普請帳、荒所改帳、橋勧進帳、川除普請帳などの記録帳が撮影されている。この太閤検地帳を使用したものに山本孝衛「慶長三年越州丹生北郡下川原検地帳について」(『若越郷土研究』二一ノ一)があるが、これによると、一筆ごとの名請人が中世の名主層であることや手作分・佃も残っていることなどから、中世的支配体制が温存されてきたことがわかる。
一紙文書では、免状約140点、皆済状約150点のほか、陶土の利用や用水をめぐる平等村などとの争論に関する願書や証文類、瓦焼稼ぎに関する願書、村掟類、村送り状などが撮影されている。
否撮カードは約140点で、山・畑・高の売渡証文がほとんどである。
利用条件
 
県史収載
資料編5 P.835-848 6点 、 通史編4 P.394・407
県史以外の収載
『織田町史』 『丹生郡古文書目録』
複製本番号
D0125~D0133
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。