岡田健彦家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
D0013
資料群名
岡田健彦家文書
地域(近世,行政村,現在)
丹生郡海浦,四箇浦村梅浦,越前町梅浦(越前町)
資料の年代
1477年(文明9)~1889年(明治22)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
梅浦は江戸時代の終わりまで海浦とも呼ばれ、北は玉川浦・血ケ平村、南は宿浦と接しており、正保郷帳で、上・下の両浦に分かれている。江戸時代を通じて福井藩領に属し、それぞれ村高82石余、146石余の浦方である。ただし、下海浦の奥の上瀬は農業地区である。また上梅浦の南部は三軒在家(鷺崎)と呼ばれた。両浦は宿・新保とあわせて四ケ浦と称された。1789年(寛政1)には戸数143、人口606人。
岡田家は酒造業を営み、上海浦の庄屋を務めた。明治期にはいると、町村制の施行まで、当家は里長・戸長・郵便取扱役を務めた。
資料群の概要
撮影文書は、ほとんどが村方文書である。内容的には、(1)漁・魚商関係、(2)山論関係、(3)その他の村方文書に大別される。
(1)当家には、府中商人から入手した1477年(文明9)の合物(四十物)にかかわる朝倉孝景の判物が伝来している。ほかには、玉川浦との磯見漁・シイラ漬木漁場をめぐる海論関係文書、天保の飢饉以降の漁方の魚売さばきを「一浦限」とする趣法にかかわる証文、1844年(弘化1)に府中の3魚問屋が荷受けの一本化をはかった「仕法替」にかかわる南条・丹生郡16か浦との出入一件などの関連文書が含まれる。
(2)では、1852年(嘉永5)から明治初年にまでいたる血ケ平村との山論が大半を占め、願書類、済口証文のほか、江戸出訴の惣代からの書簡類、道中駄賃帳、争論のための借金とその整理関係の書類が丹念に残されている。この争論の詳細は『越前町史』に詳述されている。
(3)では、まとまってはいないが、年貢関係、1857年(安政4)「今泉浦御役所口銭上納并ニ出津入津改帳」、家数・宗旨改帳、巡見使関係などが含まれる。
これ以外に、当家の私家文書として、1790年(寛政2)「新造船入用帳」、明治初年の「(里長日誌)」、など日記類、明治10年代を中心に、梅浦郵便局への郵便関係の達書類がある。
否撮カードからは、116点あまりの資料が確認できる。冊子・長帳類は約100冊で、寛政期以降、明治初年までの「物成銀納方本通」「趣法講勘定帳」「家数御改帳」「梅香小学校諸雑費簿」などの村方文書が中心である。
一紙類は、16点で願書・詫状などである。
利用条件
 
県史収載
資料編5 P.577-593、通史編2 P.803、通史編3 P.439・457、通史編4 P.262・263・265、通史編5 P.681
県史以外の収載
『越前町史』、原田政美「近世末期魚市場における競争と独占」『福井県立大学論集』13
複製本番号
D0103~D0107、D0332~D0348、D0743~D0745
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。