青木喬家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
D0010
資料群名
青木喬家文書
地域(近世,行政村,現在)
丹生郡蒲生浦,越廼村蒲生,福井市蒲生町(越廼村)
資料の年代
1580年(天正8)~1871年(明治4)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
蒲生浦は、高尾山北西麓に位置し、西は日本海に面する。江戸時代は福井藩領で、村高は34石余であった。
青木家は、「記録留」(当家文書)によれば、朝倉氏の旧臣で、同氏滅亡後に当浦に移住したという。代々庄(勝)左衛門を称し、庄屋を務めた。幕末期には福井藩への献金に尽力し、3人扶持を与えられている。
明治に入ると、1868年(明治1)に郡役所から近村10か村組の大庄屋に任じられたほか、郷長・戸長・副区長を務め、89年(明治22)の市制町村制施行以降は、越廼・下岬組合村の初代村長、丹生今立郡会議員、越廼村長などを歴任した。
なお当家は、漁業のほかに酒造も家業としていた。
資料群の概要
約30余点が撮影されているが、本願寺教如の消息が2点あり、あとは近世文書である。
近世文書では、(1)浦方文書、(2)私文書に大別できる。(1)では、船上澗に関するもの、当浦の水主不足に関する争論関係、当浦の困窮に際しての救助願書などがある。また、シイラ漬場をめぐる他村との争論に関するものも撮影されている。(2)では、青木家の「記録留」など青木家の由緒のほか、酒造、福井藩への献金に関わるものがある。
否撮カードは、書状類のほか、借用証文、シイラ漬場の売券、酒米仕入れの帳面、拝借金関係の覚帳など約60点である。
当家は、ほかに近現代の資料も所蔵しているが、県史では調査していない。越廼村史が撮影しており、そのデュープフィルムがある(No.7611-7616、紙焼きはなし)。
利用条件
 
県史収載
資料編5 P.676-678、 通史編5 P.61・62・64・80・93
県史以外の収載
『越廼村誌』
複製本番号
D0056
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。