小樟区有文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
D0004
資料群名
小樟区有文書
地域(近世,行政村,現在)
丹生郡小樟浦,四箇浦村小樟,越前町小樟(越前町)
資料の年代
1404年(応永11)~1957年(昭和32)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
小樟浦は越前町のほぼ中央に位置し、はじめ福井藩領、1624年(寛永1)大野藩領となる。村高125石余(すべて畑高)で、家数は1792年(寛政4)70軒、1867年(慶応3)91軒であった。当浦の畑地は集落すぐ裏手の海岸段丘上にあり、年貢負担の公平を期するため畑地の「苗分(ミョウワケ)」と山地の割替制がとられた。
資料群の概要
当区有文書は撮影点数80点のうち、近代資料が51点、残りは資料編5で「疑イアリ」とされる1404年(応永11)「定置大樟与小樟境事」などのほか近世文書である。
近世文書のほとんどが漁場争いに関するものである。当浦と北隣の福井藩領新保浦の境の黒崎は、鰯・鯖などの回遊が多く、これら青魚を大量に捕獲できる大網の恰好の網場であり、1610年(慶長15)にすでに大網の境論争が生じている。
また、1793年(寛政5)3月には、当浦が、これまで永らく中絶していた大網漁を再開したため、その境界をめぐって福井藩領新保浦と争論になった。これは江戸幕府の裁定に持込まれてようやく97年に解決をみたが、この争論の資料から当時の大網経営の様子がわかる。このほか「庄屋歳代記」には、1837年(天保8)の1月から6月ころまでに村人約600人のうち320人ほどが死に絶えたことなど、浦の大事件も書留められている。
近現代資料では、戸籍・土地台帳などの戸長役場文書、なかでも明治10年代中ごろの丹生郡役所からの布達留がよくそろっている。また明治末から大正期にかけての漁業免許書綴りや、青年会会議録などがある。
否撮カード約270枚の大部分が近現代資料で、戸籍、地租改正関係などの戸長役場文書や、青年会関係、戦後の農地改革、道路改修、簡易水道など昭和30年代までの簿冊類が多い。
利用条件
 
県史収載
資料編5 P.626-648 12点、資料編11 P.247 P.597 2点、通史編3 P.454、通史編4 P.249 P.496
県史以外の収載
『越前町史』
複製本番号
D0041~D0054
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。