大森英世家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
D0002
資料群名
大森英世家文書
地域(近世,行政村,現在)
丹生郡大森村,志津村大森,福井市大森町(清水町)
資料の年代
1701年(元禄14)~1947年(昭和22)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
大森村は、丹生山地の北東部に位置し、江戸時代は、はじめ福井藩領、1645年(正保2)松岡藩領、1722年(享保7)再び福井藩領となる。村高は959石余であった。
近代に入ると、1874年(明治7)大区小区制改正時、区会所が当村に置かれて「大森会所」とよばれた。同年の戸数102であった。同年大森郵便取扱所(86年に大森郵便局、1956年に清水郵便局となり現在にいたる)、76年に石川県警察大森屯所(丹生郡北部を管轄)が開設されており、また、78年には連合戸長役場が当村に置かれている。
大森家は、江戸時代には渡辺を称し、1834年(天保5)頃には村内で200石を所持していた。27年(文政10)に300両を福井藩に献金して5人扶持を与えられ、44年(弘化1)には7人扶持となり御内御用達助役に任じられ、福井藩の金銀調達などにもたずさわった。
近代に入ると、郵便取扱役、大森郵便局長、第48大区の権区長などを務めている。
資料群の概要
当家の近世文書は1701年(元禄14)を上限とし、その大部分は江戸後期のものである。これらは、(1)書状類、(2)村方文書、(3)当家の酒造に関するもの、(4)福井藩への献金に関するもの、(5)その他に大別できる。
(1)には収集文書と思われる松平昌平(松岡藩主、のち福井藩主となり宗昌と改める)や松平慶永の書状も含まれている。(2)は大森村の人別帳・内検帳、他村への貸付金の返済などをめぐる争論の済口証文、庄屋の交代などに関する連判証文などである。(3)では酒造株に関わるものが多い。(4)は、調達銀の受取証などである。(5)では、私的な日記や由緒書のほか、三国湊の久昌寺隠居が金毘羅講を名目として富くじを計画した際の規定などが撮影されている。
近代文書は、(6)郵政関係書類、(7)敦賀県布達、(8)訴訟関係に大別できる。
(6)は、大森郵便取扱所(のち大森郵便局)における公文書類で、駅逓頭前島密宛のものなども見られる。(7)では敦賀県から各大区の正権区長宛の通達が多い。(8)は、1882年(明治15)頃に、小作地をめぐる訴訟がおこっており、それに関わるものである。これらのほかに戦後の金融緊急措置令事務取扱に関する冊子が撮影されている。
否撮カードは内検地や畦直しなどに関する長帳が14点、明治期の郵政関係などの冊子が5点である。
利用条件
 
県史収載
資料編5 P.914-927 、 資料編10 P.710-711 、通史編4 P.551・579
県史以外の収載
『清水町史』
複製本番号
D0005~D0016
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。