藤野厳九郎家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
C0125
資料群名
藤野厳九郎家文書
地域(近世,行政村,現在)
本荘村下番,あわら市下番(芦原町)
資料の年代
1853年(嘉永6)~1989年(平成1)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
藤野厳九郎(1874-1945)は、坂井郡下番村生まれ。福井県尋常中学校をへて1896年(明治29)12月愛知医学校卒業、翌年4月同校助教諭となった。7月から 解剖学講習のため、1年間東京帝国大学医科大学へ出張。その後、1901年10月仙台医学専門学校講師となり、04年7月同校教授となった。
この年9月、解剖学講義で留学生周樹人(のちの魯迅)を教える。06年3月、周の退学に際し裏に「惜別」と記した写真を与える。
1915年(大正4)7月、東北帝国大学に医科大学が設置されたのを機に同大学医学専門部臨時講師となったが、翌年3月退職。16年6月から12月まで三井慈善病院に勤務し、その後坂井郡本荘村下番で診療に従事し、18年には三国町で耳鼻咽喉科医院を開設。その後坂井郡雄島村に転居して三国芦原電鉄で本荘村中番の医院に通った。
45年(昭和20)8月11日、死去。
2006年3月、当館に寄託、その後2007年3月、追加寄託。2015年2月、追加寄託。
資料群の概要
資料群は、(1)寄託以前にあわら市藤野厳九郎記念館で展示していた資料104点と(2)その後追加寄託された資料141点から構成され、ほとんどが藤野厳九郎やその家族が直接受け取ったり、作成したものである。一部展示のために収集したと考えられる写真や電子コピーが含まれる。
(1)は卒業証書、辞令類、履歴書、診療簿、備忘録(耳鼻科ノート)、藤野診療所調査表、書簡類、藤野厳九郎が子息のために作成したと思われるフランス語や英語の手製教科書、西洋医学書の筆写本などである。
書簡類は、おもに藤野やその家族が受け取ったもので、恩師野坂源三郎、東京帝国大学教授小金井良精・大沢岳太郎、『魯迅選集』の翻訳者増田渉、魯迅と同じ下宿にいた大家武夫、留学生馬志道、許広平、内山完造などからである。ほかに長男にあてた直筆の書簡がある。
(2)の多くは辞令、書簡類である。このうち約90点におよぶ書簡類は、仙台医学専門学校への転職にかかわる1910-11年(明治33-34年)、東北帝国大学医学専門部を退職する時期の1915-16年(大正4-5年)に受け取ったものが比較的まとまって残されている。昭和期に入ってからは、2人の子息からの手紙、進学先の東北帝国大学関係者からのものが含まれる。
整理にあたっては、あわら市の目録にもどれることを重視したため、文書番号の配列や1点とする資料の単位はあわら市の目録によっているが、一部明らかに複数点からなっている場合は、枝番号によって分割した。追加寄託分についても、5つの袋に分類されていた状態を尊重し、そのまとまりごとに年代順に整理した。
否撮資料はない。
利用条件
閲覧できない資料あり。
県史収載
 
県史以外の収載
 
複製本番号
C1438-C1457、C2736-C2737
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
文書館に事前にお問い合わせください。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。