松樹院文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
C0069
資料群名
松樹院文書
地域(近世,行政村,現在)
坂井郡嵩村,加戸村嵩,坂井市三国町嵩(三国町)
資料の年代
1189年(文治5)~1899年(明治32)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
嵩村は、加越台地の西端部を形成する陣ケ岡台地の中央に位置し、はじめは福井藩領、1624年(寛永1)以降は丸岡藩領となる275石余の村であった。
当院は、新郷(芦原町角屋)にあった専光寺から分かれた浄土真宗高田派の寺院である。15世紀初頭に高田専修寺(三重県津市)の住持職をめぐって越前の真智と伊勢の応真とが争った際に、専光寺は真智を擁立する越前大坊四か寺の1つ(他に勝慢寺、西光寺、専西寺)となったため、応真方の当院は専光寺より分かれ当所に移ったものと考えられている。従って、三重県津市の高田専修寺の資料の中に当院からのものが散見される。
資料群の概要
31点を調査・撮影した。当院には、中世文書が10点余あり、曹洞宗の本郷龍興寺(福井市八幡町に寺跡あり)文書の影写が伝来したものである。龍興寺が、1574年(天正2)、一向一揆によって焼かれると、龍興寺文書は末寺の心月寺(福井市)に伝えられた。しかし、1900年(明治33)に焼失してしまっている(松原信之『越前朝倉氏と心月寺』)。当院に伝来した中世文書は、これら龍興寺文書が失われる前に影写されたものと考えられている。
中世文書には、朝倉氏安堵状・寄進状等の書状、室町幕府御教書、などがある。
近世から近代のものには、高田派12ケ寺由緒書、朝倉氏系図、高田専修寺住持職関係、赤淵大明神出縁起、講関係、西光寺・安養院・常楽寺との軋轢関係、松樹院住持職系図、史料編纂所の当院文書調査関係などがある。
利用条件
 
県史収載
資料編4 P.242-244 12点、通史編2 P.601・P.800・P.1011・P.1012
県史以外の収載
 
複製本番号
C0541
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。