山田畯一家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
C0067
資料群名
山田畯一家文書
地域(近世,行政村,現在)
坂井郡一本田村,高椋村一本田,坂井市丸岡町一本田(丸岡町)
資料の年代
1626年(寛永3)~1941年(昭和16)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
一本田村は、坂井平野の東部、丸岡城下の西に位置し、3380石余の大村だったが、元禄郷帳以降は一本田中・福所・西里丸岡などと分かれて記載されるようになった。はじめ福井藩領であったが、1624年(寛永1)以降は丸岡藩領となった。山田家は、丸岡藩の組頭(大庄屋)を務めた。天保期に藩の郷会所が設けられると、その頭取に登用され、藩の財政再建にあたっている。1839年(天保10)には諸士格に任じられ、2人扶持・譜代同様となった。近代になると、県内有数の大地主として、穣は県会議員、貴族院議員を歴任し、福井銀行の創立にも尽力した。息子の斂は貴族院議員や帝国農会長を歴任し、農政家として活躍した。
資料群の概要
調査・撮影した文書327点には、(1)絵図を含めた土地関係、(2)丸岡藩の本多時代のものを含む年貢関係、(3)百姓一揆関係、中には1779年(安永8)の丸岡藩の百姓一揆について詳細に記録した「丸岡御領分騒動聞書」がある。(4)用水の争論関係、(5)近代のものを含めて家格、各種役職辞令の関係などがある。ほかには、画の極書や、幕末から明治にかけての長州出兵関係、借用証文、土地譲渡証文、小作関係など多方面の文書がある。賞状、証書など教育関係のものも多い。
否撮文書は17点あり、書状や売り渡し証文、絵図などである。
利用条件
 
県史収載
資料編4 P.797-848 20点、通史編4 P.96・P.190・P.529・P.555・P.603・P.604
県史以外の収載
『福井県古文書所在調査報告書』 『坂井郡古文書目録』
複製本番号
C0523~C0540
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。