春日神社文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
C0047
資料群名
春日神社文書
地域(近世,行政村,現在)
坂井郡荒井村,木部村東荒井,坂井市坂井町東荒井(坂井町)
資料の年代
1575年(天正3)~1860年(万延1)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
荒井村は兵庫川中流右岸に位置する。村高897石余、はじめ福井藩領、1624年(寛永1)丸岡藩領、26年(寛永3)からは旗本本多氏領。正保郷帳以降荒井村と記されるようになるが(東荒井となるのは1884年以降)、それ以前には、当春日神社の「越前国坂北郡荒井郷之内川端村之帳」「柴田勝家定書」「羽柴秀吉禁制」などによると川端村と呼ばれていた。当社は東荒井の集落から東に少し離れて立地している。「越前国名勝志」等によれば、保元年間(1156-58)興福寺兼春日社領河口庄内の十郷に各郷1社宛春日神社が勧請されたことを伝えているが、当社もこの十郷十社の1つとして荒居郷に置かれたものと推定される。
資料群の概要
当社文書には、当神社の文書と本来は荒井村の区有文書の性格を持つ文書が混在している。
神社に関する文書は「越前国河口庄御前帳写」1点であるが、これには河口庄成立の由来と河口庄内の仏神田が郷毎に詳細に記されており、平安末・鎌倉時代における河口庄内の状況を知ることのできる資料である。これと同じ写が坂井郡内にいくつかあったようであり、かっては瀧谷寺(三国町)や春日神社(金津町沢)にもあったことが知られており(『福井縣坂井郡誌』「越前史料」)、大連三郎左衛門家・野尻五郎右衛門家(芦原町)などにも残っている。
これ以外には約30点撮影されており、資料編掲載の織田信長・柴田勝家・羽柴秀吉・堀秀政の禁制などのほか、検地帳写と1656年(明暦2)以降の用悪水をめぐる下兵庫村との争論文書がある。否撮資料なし。
利用条件
 
県史収載
資料編4 P.948-955 5点、通史編2 P.243・ P.258・ P.417・ P.419
県史以外の収載
 
複製本番号
C0355~C0356
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。