久末重松家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
C0030
資料群名
久末重松家文書
地域(近世,行政村,現在)
坂井郡泥原新保浦(村),新保村新保,坂井市三国町新保(三国町)
資料の年代
1615年(元和1)~1887年(明治20)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
泥原新保浦は九頭竜川河口の左岸に位置し、対岸の三国湊と並んで古くから栄えた。福井藩領。村高は461石余、 「御用諸事之留」に収められた1717年(享保 2)の「村明細書上」では、家数505、総人数2056、船数58であった。
同浦は、近世初頭から材木を扱う船持商人の活躍がめざましかった。久末家の由緒書によれば先祖久五郎は大坂夏の陣のあと、小浜より武具などを南部領田名部浦に輸送し、さらに翌年の南部領内の大飢饉に際し籾米1000俵を運んだ功績により手船17艘の諸役免除を得たという。南部藩から諸役免除の特権を与えられた敦賀の道川家と同様にその手船は、おもに田名部湊から木材を移出して隆盛を誇ったが、1677年(延宝 5)にはその特権は制限され、手船のうち1300石以下の2艘のみが永代にわたり諸役免除となった。同家は福井藩の大庄屋、明治期に入っては戸長を務めた。
資料群の概要
224点の調査資料のうち213点を撮影した。収蔵文書は、おもに(1)南部藩船役関連、(2)記録類、(3)庄屋役・漁業・酒造関連、(4)御触書・布令留、(5)久末家の家文書からなっている。
このうち(1)南部藩歴代の藩主入部の度ごとに下付される免石船証文は1710年(宝永 7)から1850年(嘉永 3)まで現存し、南部藩は代償として領内の飢饉や財政窮迫を理由にたびたび久末家から借銀を行っている。
また(2)「世事覚之帳」(1685-1721)や「記録」(1615-1851)などの記録類からは、南部藩との交渉、同藩主への御目見、福井藩主が三国や新保に来遊した際のもてなし、漁場争論、海難事故、気象・地震災害、米値段などの記事がみえる。
(3)は村(浦)方文書としては部分的なものであるが、1677年(延宝 5)の商人荷物をめぐる崎浦との争論、1805年(文化 2)の川崎村との漁場争論文書が含まれる。
(4)には 1867年(慶応 3)から1872年(明治 5)までの御触書・布令の写がある。なお、 同じ泥原新保浦の船持商人であり、久末家と親戚関係にあった道実家の文書が「由緒書」ほか5点含まれる。道実家については、太田泰雄家文書(C0073)を参照。
否撮点数11(借銀証文ほか)。
利用条件
 
県史収載
資料編4 P.341-397 7点、通史編3 P.601、通史編4 P.428-410・P.476・P.482
県史以外の収載
『越前若狭古文書選』 『小浜・敦賀・三国湊史料』 『三国町史』 『三国町史料』 『坂井郡古文書目録』
複製本番号
C0198~C0211
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。