高椋節夫家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
C0027
資料群名
高椋節夫家文書
地域(近世,行政村,現在)
坂井郡野中村,高椋村野中山王,坂井市丸岡町野中山王(丸岡町)
資料の年代
1598年(慶長3)~1921年(大正10)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
野中村は丸岡城の南東、加越山地の麓に位置する農村で枝村の山王とともに丸岡藩領。村高は543石余。高椋家は、当家系図によれば朝倉氏の家臣鰐淵将監に縁をもつ家柄と伝えられ、江戸時代を通じて代々鰐淵姓を称したが、1919年(大正8)鰐淵家の始祖の姓とされる高椋姓に改称した。当家は新江用水井守役のほか、野中組の組頭(大庄屋)を務め、1782年(天明2)には扶持米60石を宛行われた。文政期以降、とくに1837年(天保8)の藩財政改革に際しては郷会所の頭取として一本田の山田孫三郎とともに大坂商人と関わるなど、財政再建に寄与した。明治期に入ると、戸長をはじめ新江用水組合江役、高椋村会議員などを務めた。なお、当家は1779年(安永8)の丸岡藩一揆で打毀された。
資料群の概要
1598年(慶長3)の末政村太閤検地帳を初出とするが、大半は宝暦期から大正期までのものである。550点余を調査し、うち353点を撮影した。江戸期の資料は四つに大別される。
(1)組頭役関連として郡役所からの触書、願書類、用留、先納金や才覚金、山論、巡見使、村々の戸口資料。宝暦から安永期の用留(永代帳)からは、丸岡藩一揆に至るまでの藩政改革の内容が知られる。1863年(文久3)11月から65年(慶応1) 5月までの御用日記からは、長州出兵への夫人足の徴発・御用金の賦課や水戸浪士など幕末の様子が知られる。
(2)井守役関連では新江用水江筋堰口争論や普請・諸雑用盛、鳴鹿大堰普請藤入用、勝山藩の用木流しに関するもの。
(3)文政期以降の藩財政関連資料。この頃の勝手方御用日記類十数冊も残されており、1822年(文政5)の勝手向改正や37年(天保 8)の勝手向仕法立に際し郷会所の頭取としての関わりが知られる。(4)鰐淵家に関するもの。
また、明治期では高人別帳や新江用水関連資料、高椋村会議事録、高椋家の履歴に関するものなどが、大正期では新聞や福井県農会報などがある。
約200点の否撮文書の中には、丸岡藩郡役所からの配符、用水普請、借金証文、地租改正等級簿、用水絵図などがある。
利用条件
 
県史収載
資料編4 P.706-736 11点、通史編3 P.344・P.360
県史以外の収載
『坂井郡古文書目録』 『福井県古文書所在調査報告書』
複製本番号
C0240~C0257、C0592~C0596、C0599~C0608、C06221、C0834、C1163~C1171
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。