大連三郎左衛門家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
C0014
資料群名
大連三郎左衛門家文書
地域(近世,行政村,現在)
坂井郡下番村,本荘村下番,あわら市下番(芦原町)
資料の年代
1537年(天文6)~1849年(嘉永2)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
下番村は竹田川下流左岸で十郷用水の江末にあり、かつては興福寺兼春日社領河口庄の中心部であったと思われ、河口庄の惣社であった春日神社も当村と中番村の境に現存する。大連家の先祖は、平安期に河口庄に春日神社が勧請された際、神輿に従って越前に下向した社家で、十郷用水の開鑿にも尽力したことが伝えられている(「越前国名勝志」など)。その後大連家は彦兵衛(東大連)・三郎左衛門(西大連)の二家に分れるが、江戸時代には両家とも十郷用水の井奉行(井守・井番・井役・堰守などとも称した)となり、本庄郷春日神社の神官をも務めた。
資料群の概要
資料編4解題によると当家に35点の文書を蔵するとする。しかし、調査カードで確認するかぎり、撮影資料は22点であり、また、否撮資料は1554年(天文23)の「調符裏書」など2点の文書と、1778年(安永7)の「十郷横落堤用水江筋并井組村々之図」などの絵図資料14点であり、合計38点である。なお、資料編の折込口絵に使用した「十郷用水絵図」の目録カードはない(マイクロフィルムに分割撮影していない)。資料編収載資料には、十郷用水に関する規定としてもっとも古い1537年(天文6)の「朝倉氏一乗谷奉行人連署定書」や、荘園領主の収取する公事の1つである土雑事銭と、朝倉氏府中奉行人によって徴収された臨時的課役である棟別銭の調符、また、河口庄惣社春日社の社僧楽蔵坊が社領の回復を願った際の資料など、朝倉氏に関する重要な資料があり、1576年(天正4)の7か条からなる「柴田勝家掟書」も、勝家の民政をうかがわせる基本的な資料の1つである。資料編収載資料以外では、「越前国河口庄御前帳写」(春日神社文書として資料編収載)や、1658年(万治1)に書写された「春日神廟記」「越州坂北郡本庄春日之神殿勧請帳」など、河口庄や春日神社の成立を伝える資料がある。このほか、明治時代に書写された大連彦兵衛家・福円寺所蔵文書の写しもある。
利用条件
 
県史収載
資料編4 P.413-416 8点、通史編2 P.421・ P.575 ・P.590 ・P.656・ P.672
県史以外の収載
『越前若狭古文書選』 『芦原町史』
複製本番号
C0172
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。