坪田仁兵衛家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
C0005
資料群名
坪田仁兵衛家文書
地域(近世,行政村,現在)
坂井郡大牧村,大石村大牧,坂井市春江町大牧(春江町)
資料の年代
1652年(承応1)~1975年(昭和50)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
大牧村は、九頭竜川下流右岸流域に位置し、石高1080石余(元禄郷帳以降)。はじめ福井藩領、1686年(貞享 3)に幕府領となり、1818年(文政1)に福井藩領、さらに20年から幕府領となった。
大牧村を含む数か村は、九頭竜川と兵庫川にはさまれており、さらに九頭竜川右岸下流地域を洪水から守る役割をはたしていた「鬼辺堤」の外側にあったため絶えず水害にみまわれる危険があった。九頭竜川右岸の5㎞ほどには堤防がなかったことが、最大の原因であった。排水不良のため当村付近の村々の年貢率は低く、2割に満たない。
各村の請願の結果、1871年(明治4)に堤防築造に着工したが廃藩のため中断。その後、敦賀県、石川県、福井県へと県の管轄変更のなかで、交渉がくり返され、この河川改修は1900年の国直轄事業による着工まで、吉田郡を含む近隣各村共同の地域課題となっていた。
坪田家は仁兵衛を名乗り、当家資料の残存からみると18世紀後半から台頭し始めたようで、1819年には福井藩大庄屋となる。仁兵衛(慎之丞)(1838-96)は、福井藩第10郷郷長(1870年)、敦賀県第14大区副区長(1874年)、石川県会議員(1879年)、福井県会議員(1882年)、衆議院議員(1894年)を歴任し、とりわけ1892年県会での土木継続費予算の可決や河川法成立など、九頭竜川改修に尽力した。
2009年5月、すごろく、教科書等の収集資料を中心に一部が寄託。2012年6月、2013年3月、2014年4月、2015年12月に追加寄託。
資料群の概要
撮影資料の大部分は、明治期のものであり、(1)明治初年の布令・記録・帳簿類、(2)地租改正関係、(3)連合戸長役場・大石村・坂井郡会関係、(4)九頭竜流河川改修関連、(5)坪田仁兵衛の政治運動関係の諸資料・書簡類、(6)新聞類に大別される。
(1)では、「記録」「規則命令簿」などから、明治新政府成立後の福井藩の民政改革の動向を知ることができる。また維新期の新制度実施にともなう徴兵、人口、職業などの取調簿が含まれる。(2)(3)については、部分的な残り方ではあるが、定広村・中角村等の連合村会、大石村、坂井郡会の決議書・決算書等がある。
(4)では、大牧村ほか近隣各村によって展開された九頭竜川改修運動について、坪田仁兵衛・岡部直景・五十嵐千代三郎の表彰の際に、1871年以降の度重なる請願書類が「春江堤防築造ニ関スル事蹟調書」にまとめられている。
(5)は、おもに1889年の南越倶楽部の結成から坪田が衆議院議員となり、任期中の1896年7月に死亡するまでの明治20年代の資料が中心である。94年の衆議院議員選挙の際の名簿、関係書類、とくに書簡が大量に残されている。書簡については、杉田定一からの私学(自郷学舎)開校式の出席依頼状をはじめとして、明治10年代から20年代にかけての杉田、坂井郡を中心とする政治家の書簡が多く含まれている。
否撮資料は692点で、明治期から昭和初期の教科書・ノート類、学校の同窓会誌などである。
利用条件
 
県史収載
資料編10 P.44-45・P.47・P.434-436・P.501・P.579-580・P.611-613・P.633-634・P.948-955・P.959-961 12点、通史編5 P.59・P.94・P.206・P.328-329・P.372・P.378・P.384-385・P.631
県史以外の収載
坂野潤治・伊藤隆「杉田定一坪田仁兵衛関係文書にみる明治二十年代の選挙と地方政治」『社会科学研究』17-1、『福井県議会史』
複製本番号
C0181-C0197、C0328-C0354、C0378、C1173-C1177、C1614-C2205、C2388-C2489、C2491-C2492、C2562、C2573-C2710、C2718-C2735、R0022
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
文書館に事前にお問い合わせください。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。